TIS発「トトスマ」はこうして事業化された──起案者の前進が制度改善のきっかけに

多くの企業がかかえる社内新規事業制度の課題の1つは「制度はあるのに、事業化しない」ことだ。
TIS株式会社の新規事業提案制度「Be a Mover」から生まれた活魚流通プラットフォーム「トトスマ」は、この壁を越えた。
01Booster主催のリアルイベントにて、起案者・湊川賢太氏(トトスマ事業責任者)と、事務局・村上健太氏(Be a Mover運営)が、起案者の前進と事務局の学びが、制度改善へとつながったプロセスを紐解いた。
現場から生まれた
“トトスマ”の原点
湊川氏はTISでSI案件に従事しながら、地元・三重で60年以上続く活魚仲卸の三代目としても働いてきた。
その経験から、地方水産業の課題に強い危機感を抱いていたという。
「魚が減り、流通も限界に近づいている。
ITを掛け合わせれば“届けたい魚が届かない”という構造を変えられる。」(湊川氏)
現場の痛みとITの視点の交差点 から生まれたのが、トトスマだ。
仮説検証フェーズでは三重だけでなく、関東・関西・九州など複数地域でヒアリングを実施した。
魚種・商習慣・流通経路の違いを事実として把握することで、価値仮説の精度が磨かれていく。
01Boosterの加藤氏は、「現場の知見に頼り切らず、複数地域で“事実を取りにいった”ことが大きい」と評価する。
現場の一次情報 × 多拠点の検証これが事業構築の強い礎となった。

新規事業提案制度「Be a Mover」とは──TISの挑戦者支援の基盤
Be a Mover は、TISが2021年から運営する新規事業提案制度だ。
年1回の公募、選抜されたチームによる仮説検証、最終審査と進み、通過後はインキュベーションセンターで事業づくりにフルコミットという、社内から新しく事業を創るための公式ルートとなっている。
名称の「Be a Mover」には、“組織の中で自ら動き、未来を切り拓く人材を増やす”という思想が込められている。
特徴は、起案者を制度的に“守る”仕組み、外部伴走による第三者視点の導入、“個人の想い”と“事業としての筋の良さ”の両方を重視している点だ。
トトスマは、この制度から生まれた代表例となった。

最大の壁は社内にあった──
制度の外側をどう進んだのか
トトスマが最終審査を通過し、事業化フェーズに入った時、最大の壁が現れる。
TISには「魚の卸売」という業務分類がそもそも存在しなかった。
そのため、
・どの承認ルートを通るのが正しいのか
・どの部門が支援するのか
・どこまで制度がカバーすべきなのか
が明確でなく、制度が支援しきれない領域が次々と発生した。
湊川氏はこう語る。
「“TISでは出来ません”が、基本スタート。
動きながら例外ルートを見つけて突破するしかない。」
実際に、法務・経理・購買・リスク部門などを自ら訪ね、一つ一つ説明し、理解者を増やしていった。
「たまに折れそうな時もあった。でも、真摯に説明すれば味方になってくれる人は必ずいた。誠意・感謝・根拠があれば、大抵の社内のハードルは超えられると気付いた。」
この“動き続ける力”が組織内に波及し、制度側も“見直すべきポイント”を自覚するきっかけとなる。
加藤氏は、聴講者である事務局担当者・起案者にこの湊川氏のマインドの重要性を語った。
「制度は万能ではない。想定外の事業は必ず“制度の外側”を歩む時期がある。
その時に必要なのは、制度を責めることではなく、前に進む力だ。」

起案者の前進が
制度改善のきっかけになった
湊川氏の前進は、制度側にとって大きな“気づき”となった。
村上氏(事務局)は率直に語る。
「当時、事務局は“事業化後”までを十分に設計できていませんでした。
湊川さんが前に進んだからこそ、制度の空白が明確になった。」
具体的には、
・事業化フェーズの基準が曖昧
・法務・購買・経理などの実務フローが未整備
・“前例のない事業”に対する運用基準がなかった
といった点が浮き彫りになった。
多くの企業の制度に関わってきた01Boosterの加藤氏は、社内制度の構造的難しさをこう整理する。
「新規事業制度は、起案者・事務局・組織の三者の視点が必ずずれる。
重要なのは、どちらかに寄ることではなく、事実に基づいて前に進むための土台を整えることだ。」
結果、TISでは、事業化後の支援フローの整備、外部接点(VCデー・イベントなど)の拡張、事務局の支援範囲の再設計などが動き始めている。
制度と起案者を前に進める
3つのポイント
このプロセスは、トトスマ固有の特殊解ではない。
多くの企業が同じ構造の壁に直面しており、そこに普遍的な示唆がある。
① 制度は“事業化後”まで設計されて初めて機能する
社内起業制度は、審査・仮説検証までは整っていても、事業化フェーズに入ると 法務・経理・購買・契約 などの壁に直面しやすい。既存事業前提で作られた“社内OS”では、新領域のビジネスに対応できないためだ。
事業化フェーズを前提にした制度設計 ができているかどうか。
それが事業のスピードと成功確率を大きく分ける。
②“前例のない領域”では、起案者の動きが制度改善のきっかけになる
制度は万能ではなく、“空白領域”は必ず存在する。
特に、社内に知見がない領域では、起案者が動くことで初めて見える壁 が多い。
・どの手続きを踏めばいいのか
・どのルールが適用されるのか
・何が想定外なのか
これらは、実際に進めてみなければ分からない。起案者の行動が制度改善の入口になる のは、社内起業制度の宿命でもある。
③外部の視点は制度運営の“認識ズレ”を整える
社内新規事業制度発の新規事業では、起案者、事務局、組織の三者の視点がズレやすい。
外部の視点が入ると、主観ではなく事実ベースで議論し直しやすくなる。
この場合の外部伴走者の役割は、“特定の誰かを支持する存在”ではなく、制度・起案者・組織の間にある歪みを整える存在 と捉えると機能しやすい。
社内制度の改善や事業化フェーズの壁は、どの企業でも避けられない課題だ。
もし自社でも同じような悩みを感じている場合、今回のTISの取り組みはヒントになるだろう。
■ トトスマ|地方創生を叶える活魚流通プラットフォーム
全国の飲食店・小売店と、生産者・加工業者を直接つなぐ水産流通のBtoBサービス。
中間マージンの最適化、手数料ゼロの利用設計、産地の“見える化”による安定供給を実現。
鮮魚・加工品からスタートし、活魚領域まで展開を拡大している。
https://about.totosuma.com/
登壇者
湊川 賢太
TIS株式会社 ソーシャルイノベーション事業部 インキュベーションセンター
トトスマ事業責任者
TISの社内新規事業として、活魚流通プラットフォーム「トトスマ」を立ち上げ、地方創生に資する新たな流通モデルの構築を推進。
週末は創業60年以上の活魚仲卸業の三代目代表として現場に立ち、魚の知見とITを掛け合わせた事業開発に挑んでいる。
村上 健太
TIS株式会社 ソーシャルイノベーション事業部 インキュベーションセンター
新規事業提案制度「Be a Mover」事務局
SE/マネージャーとして10年従事した後、自ら制度に挑戦し最終審査に進出。得た知見をもとに事務局へ転じ、イントレプレナー育成と社内新規事業創出の加速に取り組んでいる。
加藤 剛広
株式会社ゼロワンブースター 取締役
大手メーカーでの研究開発、ネットベンチャーでの部門立ち上げ・成長(売上10億・70名規模)を経て、グロービスにてデジタルプロダクト事業や教育領域を担当。
現在は01Boosterでアクセラレーター事業拡大を牽引しつつ、CORES社外取締役、グロービス経営大学院専任教員を務める。