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清水建設発カーブアウトの舞台裏——「社内起業」から「独立」まで、制度設計が生んだ新しい起業モデル

2024年4月、建設業界に残業時間の上限規制が導入された。
従来通りの働き方ができなくなる中、多くの企業が業務改革に苦しんでいる。
そんな業界の課題に、清水建設発のスタートアップ「セコナレ」が挑んでいる。

ゼロワンブースターが開催したイベント「社内新規事業経路におけるカーブアウトの振り返り」に、清水建設のコーポレートベンチャリング(CV)制度の担当者と、同制度を活用して起業した小宮祐輔氏が登壇した。

大企業の社内ベンチャー制度から独立企業へ——
その道のりと、制度設計の工夫について語られた。

「完全独立」を前提にした
異色の社内起業制度

多くの大企業が社内新規事業制度を持つ中、清水建設のCV制度には大きな特徴がある。
それは「自ら新会社を設立・経営することが前提」という点だ。
社内で新規事業部門を立ち上げるのではなく、最初から独立企業を目指す。
この設計思想の背景には、人材育成と企業文化の変革という戦略的な狙いがある。

イベントのファシリテーターを務めたのは、ゼロワンブースターの川岸亮造氏だ。川岸氏は自身もスタートアップを共同創業し、シリーズAまで代表を務めてきた経験を持つ。
その後、同社を離れた後は上場企業の子会社役員として社内新規事業も経験した。

川岸氏は「自分で外で事業を立ち上げることもやったし社内で事業を立ち上げることもやった。社内でやる方がリソースが使えていいんじゃないかと思ったが、全然違う大変さがあった」と語る。

清水建設のCV制度について説明したのは、同社 NOVARE イノベーションセンターの榊原勲三氏だ。榊原氏は2014年に新卒入社後、シンガポール、メキシコ、中国などで建築現場の現場監督を務め、2023年から CV 制度の事務局を担当している。

制度の目的について、榊原氏は「社会課題の解決とシミズグループの事業領域拡大、そしてチャレンジ精神を有する社員の起業促進・支援です」と説明する。

今期(CV制度三期)の対象領域は

  • DX
  • Well-Being
  • Globalization
  • Resources & Energy
  • Sustainability

の5つの重点領域。
入社2年以上の社員であれば、3名までのチームで応募も可能だ。

プログラムは4つのステージで構成される。
Stage1のアイデア創出フェーズから始まり、Stage2の仮説構築フェーズ(6カ月)、Stage3の実行計画フェーズ(1年)を経て、Stage4の市場検証フェーズ(最大2年)へと進む。
各ステージの間には Gate と呼ばれる審査が設けられている。

榊原氏によると、CV制度一期では応募数は当初30〜40件程度だったが、Gate1で約半数以下に絞られ、Gate2でさらに半分になる。またCV制度一期二期ともに最終的に独立に至ったのは2社だという。
審査基準も段階的に厳しくなる。

今期(CV制度三期)のGate1では顧客課題と解決策の具体性、清水建設との共創ポイント、新規性、将来性などが評価される。
Gate2ではビジネスモデルの実現性、収益性、競争優位性などが加わり、Gate3では事業計画の妥当性、資金調達の目処、外部人材獲得の目処、特許申請の有無などが問われる。

今期(CV制度三期)のポイントは Stage3から Stage4へ進むための必須条件として「外部資金調達500万円以上」が設定されている点だ。
榊原氏は「社内の目線だけでは、果たして本当に良いものかどうか評価できないという現状がある。そこで外部からの客観的な評価を得るという形で、VC などからの資金調達を条件にしている」と語る。

ではカーブアウトという選択について会社側のメリットはどこにあるのだろうか?

完全に独立させてしまうと、優秀な人材が流出するリスクがあるからだ。
榊原氏は「人材が流出してしまうリスクがあることは承知の上だが、そのリターンという面でいくと、シミズにとって飛び地の事業での共創、イノベーション活動におけるPR 効果が非常に高い」と答える。
加えて川岸氏は次のように、カーブアウトのメリットをより詳しく説明した。

「スピンアウトした会社の多くは失敗するだろうという前提に立つと、そこで失敗した方が良い経験をして戻ってくるというのは非常に良い。経営経験をして、失敗経験をして、その方が幹部候補に戻る。何百億という既存事業に関わっている方々が、新規事業で10億の事業をつくっている人を見て刺激を受けることで2%改善してくれたら会社としてはインパクトが大きい」(川岸氏)。

さらに社内への波及効果も期待されている。
榊原氏は、こうした定性的な効果を認めた上で、実際の制度運営の変化についても言及した。

「一期目や二期目の段階ではカーブアウトのなかでもスピンアウトが基本路線であったが、三期目からはスピンオフを基本路線として戦略的なリターンの他にも財務的なリターンも視野に入れようという話になっている」(榊原氏)。

社内審査とVC審査
2つの壁を乗り越える

このような制度を活用してカーブアウトしたのが小宮祐輔氏の事業、現場監督向けの資材手配プラットフォーム「セコナレ」だ。

建設現場では、図面から必要な資材を拾い出し、見積もりを比較し、発注・搬入指示を出し、職人に伝達するという一連の作業が必要になる。この作業には専門性が求められ、現場監督の大きな負担となっていた。
セコナレは、この資材手配業務を代行・標準化することで、現場監督の業務負荷を削減する。
拾い出しから見積比較、発注指示、搬入・納品管理までを一貫してサポートする。

小宮氏は2025年1月に本格的に活動を開始し、事業計画の策定と資金調達の準備を進めた。3月には VC からほぼ確約を得られる状態になり、5月末に起業、7月に資金調達を完了した。
現在は現場でプロダクトの検証を進めている段階だ。

CV 制度を活用して起業した小宮氏は、社内審査を通過した後、さらに大きな壁に直面した。それは外部から資金を調達するための事業計画だ。
社内の論理で作られた事業計画と、VC が求める事業計画には大きなギャップがある。
ここでゼロワンブースターの川岸氏のサポートが入り、小宮氏は VC のビジネスモデルから学び直すことになる。

小宮氏は2014年に清水建設に新卒入社し、6年間建築現場で現場監督として働いた。
建設業界にいる方なら分かると思うが、現場監督は非常に忙しくて、朝7時前後から終電前後まで普通に働くという業界だ」と当時を振り返る。

転機となったのはコロナ禍だった。
AI や IoT を勉強する中で、車の自動化ができるのに建設現場の自動化ができないわけがないと考え始めた。
その後、社内のビッグデータ活用プロジェクトに参画し、3年間かけて現場向けプラットフォームを開発。全国の支店や現場に展開する経験を積んだ。

しかし、社内で作るシステムには限界を感じていた。そんな時に CV 制度の募集があり応募を決意した。ただし、応募自体はかなり悩んだという。

一期目の人がどうなっているかという情報がなかったので、実際どうなるんだろうという不安はあった。一応、立て付けとしてはダメだったら戻れるとはなっているが、本当に戻れるかどうかは分からない」
それでも「面白そうだから、やってみるか」という軽い気持ちで飛び込んだという。

採択後、小宮氏が最初に直面したのは、社内審査とベンチャーキャピタル(VC)の審査の違いだった。
小宮氏は「30件から2件に至るところは、審査を通過しないといけない。その審査をする側が社内の人で、何か新規事業を起こした人でもないし、何が分かっているかも分からない。まず、その人たちに受けるにはどうしたらいいのかを考えた」と当時の苦労を語る。

社内審査を通過した後、さらに大きな壁が待っていた。外部から資金を調達するための事業計画だ。

小宮氏は「社内審査用に考えていた計画だと、確かにビジネスとして多少儲かるかもしれないが、それぐらいの額だったら VC から全然お金もらえない。市場として魅力ではないから、あまり見向きもされないということが分かった」と振り返る。

この状況をサポートした川岸氏は VC のファンドの理屈、 例えば100億円のファンドがあったとして、それを数倍にしなければいけないという構造を解説した。
小宮氏は、この説明を受けて目標設定を大きく見直すことになる。

「最低100億から数百億ぐらいの市場にしなければいけないということを教えてもらって、それに向けてビジネスモデルをどうしていかなければいけないかということで、サービス内容を全部変えた。積み上げだけの論理ではなく、ここに到達しないと見向きされないというゴールが与えられて、それに向けてどうしていこうかと考えたのが、社内審査用で考えていなかったところだ」(小宮氏)。

独立後の「良い距離感」と
カーブアウトの可能性

独立企業として歩み始めた小宮氏だが、清水建設との関係は完全に切れたわけではない。

出向という形で社員証が残っており、現場への立ち入りや社内ネットワークの活用が可能だ。
一方、バックオフィス業務や人材採用では大企業とは異なる苦労に直面している。
この「良い距離感」が、カーブアウトという選択肢の可能性を示している。

独立後の清水建設との関係について、小宮氏は「本当にゼロから裸一貫の状態。ただ、僕自身がもともと現場だったので、現場でのつながりや、業務システムを全国の支店に広める中で作った DX 担当者とのつながりがある。また、出向という形で社員証が残っているので、現場にも入れる。これは非常に大きい」と語る。

建設現場は安全管理の関係で、外部の人間が簡単に入れる場所ではない。
しかし、清水建設の社員証があれば、自社の現場で検証ができる。
これは独立した建設テック企業にとって大きなアドバンテージだ。

一方、バックオフィス業務については苦労しているという。

小宮氏は「会計とか名刺とかロゴを作ろうとなったら、どうしようという感じ。そういうサービスに登録してやってみたり、人材紹介業のようなところもつながりからお願いしてみたり、まさに今検証中で、どれが一番良いのか悩みながら進めている」と打ち明ける。

川岸氏は、この人材問題がカーブアウト企業に共通の課題だと指摘する。
社内プロジェクトだと、いろんな方に上の方に行ってお願いして集めてきてプロジェクト化できるが、外に出てしまうと、本業に関わるようなところの協力は得られても、バックオフィスとか色々な必要な人員をどう集めようかというところが課題」。

ところで勉強会の後半、会場からは、社内のマインドについて質問が出た。

大企業では安定志向の社員が多く、カーブアウトという選択をする人は少ないのではないかという指摘だ。
榊原氏は「本当におっしゃる通りで、非常に安定志向で、起業して自分が社長になろうという方は、正直かなり少ない」と率直に答える。
小宮氏自身も、応募のハードルについて触れた。

「僕自身もそれほど起業したいという人間ではなく、転職よりまあ良いかな、ぐらいの軽い気持ちから始まって、気づいたら起業していた。なので、それほど創業精神あふれる人でなくても、制度設計によってはできる。一期目で応募して最終審査まで行った人が近くにいるらしいという話を聞いたら、そんなものでもできるならやってみようかという効果は結構大きい」(小宮氏)。

大企業の社内新規事業が、本当に市場で戦えるプロダクトになるまでには、多くのハードルがある。
清水建設の CV 制度は、そのハードルを乗り越えるための一つの解だ。
完全独立を前提とし、外部資金調達を必須条件とすることで、社内の論理だけでなく市場の論理で事業を磨き上げる仕組みだ。

建設業界の働き方改革という大きな課題に、現場を知り尽くした起業家がどう立ち向かうのか。
また引き続き彼らのチャレンジをお伝えしたい。

※セコナレは清水建設からスピンアウトした独立企業であり、データや運営は同社とは完全に分離して行われています。

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