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社内起業家が語る「スピンオフ戦略」の現実——大企業の看板を捨てる覚悟と、中で戦う意味 #CEATEC2025

CEATEC 2025で開催された「社内起業家が語る!スピンオフ戦略とスタートアップ成長の可能性」セッション。
ホンダ、ANA、キリンという大手企業で新規事業を立ち上げた3人の社内起業家が、スピンオフか社内継続かという選択について本音を語った。

登壇したのは、本田技術研究所の伊賀将之氏ANA ホールディングスの渡海朝子氏キリンホールディングス(Cowellnex:コヴェルネクス)の田中吉隆氏の3人。

それぞれ異なる分野で社内新規事業を立ち上げ、現在はスピンオフや事業継続について判断を迫られている段階にある。

3つの挑戦ストーリー

左から本田技術研究所 伊賀将之氏、ANA ホールディングス 渡海朝子氏、キリンホールディングス(Cowellnex:コヴェルネクス) 田中吉隆氏、ゼロワンブースターキャピタル 立山冬樹氏

伊賀氏が手がけるのは、砂漠の砂から人工骨材を製造してアフリカの道路問題を解決する技術だ。
アスファルトに使われる石材は山から切り崩したり採石場から掘ったりする天然資源だが、これが世界中で不足していると言われており、人工的な代替手段の開発に取り組んでいる。

ホンダの社内起業プログラム『IGNITION』では、原則として VC 等からの資金調達を事業化の条件としており、現在は外部資金調達に取り組んでいる。

「ファーストラウンドと呼ばれる目標地点までに必要な資金は、外部から調達することが条件となっています。外部からの調達が確約されなければ会社からは出資しないという仕組みになっているため、現在は資金調達に取り組んでいるところです」(伊賀氏)。

渡海氏は客室乗務員として働きながら、「ANA Study Fly(スタディフライ)」というスキルシェア事業を立ち上げた。
コロナ禍で客室乗務員が上空で培ったスキルを使う機会がなく、スタンバイする日が続いた中、これまで築いてきたブランドやスキル、能力を地上やオンラインでもお客様に届けられないかと考えたのが事業の始まりだ。

現在は総勢200人以上の現役社員が講師として参加し、B to C から B to B 事業へと拡大している。

田中氏はキリンの子会社 Cowellnex で薬局向けの置き薬事業「premedi(プリメディ)」を展開している。

「薬局の在庫管理は非常に困難で、その管理に多くの時間を費やすため、患者さんに向き合える時間が減ってしまうという本質的な問題があります」(田中氏)。

小ロットでの医薬品提供と、キリンの機械学習技術を活用した需要予測により、薬局の在庫管理負担を軽減する仕組みを構築している。

企業ブランドを捨てる覚悟

セッションの核心は、大企業の看板を背負い続けるか、独立してスピンオフするかという選択だ。
伊賀氏は率直にスピンオフのデメリットを語る。

「企業の看板を失うことへの不安は大きいです。特に私は海外で事業を展開しようとしているので、その差は顕著に表れると思います。新会社の伊賀として紹介されるのと、本田技術研究所の伊賀として紹介されるのでは、相手に与える印象が全く異なります」(伊賀氏)。

伊賀氏によれば、ホンダの知名度は特にアフリカで高く、それが失われることの影響は計り知れないという。
商談機会の減少や、これまで当たり前に得られていた信頼関係の構築が困難になる可能性がある。

渡海氏もまたブランドの価値を再認識していると語る。

お客様は自分たちや先輩方が培ってきた70年以上のブランドに対する安心と信頼でサービスを選んでくれているのを日々感じており、先輩方に感謝しながら過ごすことの方が断然多いという。
そのブランドを失うメリットや、あえてそれをなくす意味が、まだ自分の中では見つかっていないと語った。

社内で戦う価値

企業から出ることを考えた結果、見えてくるのが社内で事業を継続することの価値だ。
田中氏は社内で事業を続けることの金銭的メリットを強調した。

「社外に出るよりも社内にいるからこそ得られる資金は確実にあると思います。給与をもらいながら、毎年1億円程度の事業資金を使わせてもらってきました。これを外部から資金調達しようとすれば、かなり厳しかったのではないでしょうか」(田中氏)。

また、お客様との向き合い方についても言及する。

田中氏は、何よりも大切なのはお客様に向き合ってすべてを改善していくことだと強調。
もし社内でやっていなかったら資金調達に奔走していたのではないかとし、それでは事業初期の本質的な活動から離れてしまうと指摘した。

渡海氏も社内リソースの価値を実感している。
社内に一つの会社があるような感覚で、それが社内起業家として非常にやりがいを感じられるところだと語る。
自分の成長次第で可能性が広がっていくと感じているという。

ANA の場合、CA だけでも約8500人という規模があり、法務や人事などの専門部署からのサポートも受けられる。
これらは独立した場合には高いコストで外部調達しなければならないリソースだ。

モデレーターの立山氏(ゼロワンブースターキャピタル)は、起業家にとって重要なのは自分の事業に必要なリソースに最短距離でアクセスできるかどうかだと総括した。

田中氏は最後に本質的な指摘をした。

「今日はスピンオフ戦略が話の中心でしたが、これは手段に過ぎません。本質的には、自分が何をやりたいかによって最善策が決まるのだと思います」(田中氏)。

大企業の社内起業家にとって、スピンオフは必ずしも正解ではない。

必要なリソースへのアクセス方法、事業の特性、個人の価値観を総合的に判断して最適解を見つけることが重要だ。
3人の起業家の体験談は、その判断材料として貴重な示唆を提供している。

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