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カーブアウトで埋もれた技術に命を吹き込む——ディープテックスタートアップ創出プログラムの挑戦

ゼロワンブースター マネージャーの上田夏生

日本の民間研究開発の約9割が大企業によって担われているにもかかわらず、事業化されない技術の約6割が消滅している。この課題に対応するため、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の実証事業としてゼロワンブースターが取り組む「カーブアウトによるディープテックスタートアップ創出プログラム」。

企業内に眠る技術の社外事業化を通じて、日本のイノベーションエコシステム拡大を目指す取り組みの全容をゼロワンブースターの上田夏生が解説した。

カーブアウトの定義と必要性

「カーブアウト」という言葉は、ビジネスの世界で多様な意味で使われている。一般的には「既存事業の分離」という意味合いで、子会社独立(エクイティ・カーブアウト)、会社分割、事業譲渡などを指すことが多い。しかし近年では事業会社からの新規事業創出の文脈でも使われるようになってきた。

「カーブアウトに関しては様々な意味合いで使われていると思うので、前提を整理させていただきます。一方では子会社の独立や会社分割、事業譲渡などの形で使われることもあれば、新規事業創出という観点でも使われることがあります」(上田)。

NEDO実証事業としてゼロワンブースターが取り組む「カーブアウトによるディープテックスタートアップ創出プログラム」では、後者の「新規事業創出の文脈でのカーブアウト」に焦点を当てている。具体的には、新規事業創出の文脈では「社外での事業化」のことを広くカーブアウトと呼んでいる。

企業では通常、社内で事業開発を進める中で、様々な出口が存在する。事業部や研究所での引き取り、新規事業部の設立、子会社化といった社内での事業化の道筋がある一方で、社内では事業化しきれないケースも少なくない。そうした場合の選択肢の一つが「社外での事業化」、つまりカーブアウトである。

「社内で事業化するときのイメージは、社内にある資金や人材など、既存の資源を使って、社内の意思決定の仕組みの中で事業化を進めることが、事業会社における事業化の基本的な構造です」(上田)。

では、なぜあえて社外で事業化するという選択肢が必要なのだろうか。その理由は、事業の性質によっては社内よりも社外で事業化した方がスピーディに進む可能性があるからだ。事業化に必要な意思決定の質・スピード、資金規模、人材の質によっては、社内の枠組みよりも市場の枠組みの中で進める方が適している場合がある。

こうした選択肢が注目される背景には、日本の研究開発と事業化の構造的課題がある。日本の民間部門の研究開発投資のうち、約9割が大企業によって担われている。しかし、その一方で事業化されない技術の約6割が消滅しているという現実がある。

「日本の研究開発のうちの9割が大企業によって担われている一方で、事業化されていない技術の約6割が消滅しています。非常にもったいないことが起きているのです」(上田)。

そうした技術を外部で事業化していくことで、研究開発成果の有効活用やスタートアップエコシステムの拡大が期待できる。これがカーブアウトを推進する大きな社会的意義となっている。

カーブアウトの形態とメリット

カーブアウトといっても、その形態は一様ではない。新規事業創出の文脈でのカーブアウトには、他社とのJV、スピンオフ(資本関係あり)、スピンアウト(資本関係なし)、スタートアップ創出型カーブアウト、出向起業、VCとのジョイントベンチャーなど、様々なスキームや取引形態が存在する。

こうした多様な形態を理解するため、二つの軸でカーブアウトを整理できる。一つは元の会社との資本関係の有無、もう一つは元の会社との雇用関係の有無だ。例えば、スピンアウトは資本関係が弱い側に位置づけられる一方、他社とのJVやVCとのJVは資本関係が強く残る形態となる。また雇用関係で見ると、出向起業は元の会社との籍が残るため雇用関係がある側に、スタートアップ創出型は元の会社との雇用関係を切った形で行うため雇用関係がない側に位置づけられる。

カーブアウト後に志向する成長スピードや資金調達の規模、元会社との関係性の強弱等に応じて、適切なスキームを選択する必要がある。一つの方法がすべての状況に適しているわけではなく、事業の性質や目標に合わせた形態を選ぶことが重要だ。

カーブアウトを推進する企業側にとっても、様々なリターンが期待できる。これは大きく「戦略リターン」「財務リターン」「人材育成」「ブランド向上」「モチベーション向上」「組織学習・文化醸成」などに分類できる。

「戦略的なリターンとしては、あえて社外で事業化したものを将来買い戻す、いわゆるスピンインによって事業ポートフォリオの一角にするような形が考えられます。また社内の新規事業制度の出口として活用することもできるでしょう」(上田)。

財務面では、カーブアウト時に少数の出資をしておくことでエグジット時のキャピタルゲインを獲得できる可能性がある。また、回収の仕方を工夫すれば、投下した研究開発費を回収する道筋も見えてくる。

人材育成という観点では、0から1、1から10といった成長フェーズを経験した事業家人材を育成できるメリットがある。ブランド面では、オープンイノベーションに取り組む企業というブランドの獲得にもつながる。さらに、技術や事業創出の出口の多様化によって従業員のモチベーション向上につながるとともに、外部投資家から評価される事業創出のプロセスを組織として学習できる。

このように、カーブアウトは単に企業内の技術を外部化するだけでなく、元企業にとっても様々な価値をもたらす可能性を秘めている。

ゼロワンブースターの実証プログラムと実践のポイント

ゼロワンブースターが実施するカーブアウト実証事業は、単に企業内の技術を外部化するだけでなく、持続的なカーブアウトエコシステムの構築を目指している。そのために、「人材」「元企業」「投資家」「環境」の4つの領域への働きかけを軸にプログラムが設計されている。

実証事業の中核となる「Tech-Driven Innovation Program」は2024年10月から開始され、14社が参加した。プログラムは「シーズ発掘事業創出プログラム」「個別メンタリング」「スタートアップファイナンス・知財・カーブアウトの知見獲得」などで構成され、テクノロジーベースの事業の発想法や事業計画の立案方法について学ぶ。また、コミュニティスペース「SAAI」の利用提供、オフライン交流会の開催、「SPIN X10」との連携、VCネットワークとの接続といった取り組みを通じて、社内起業家のコミュニティ形成も支援している。

カーブアウトを実践する上では、所属会社との関係で様々な調整ポイントが生じる。経営との関係では、事業モデルの具体化、起業家の人事上の扱い、外部でスタートアップとして事業化する正当性の整理、元会社へのメリットの説明などが重要となる。実務面では、事業に付随する様々な資産の扱い、技術・ノウハウ・特許の提供方法やその対価の設定、必要な人材の確保の方法(元の会社からの転籍、出向、兼業など)、元の会社が出資する場合のその金額・出資割合の整理など、具体的な論点を丁寧に検討する必要がある。

2025年4月以降の後半フェーズでは、事業計画のさらなるブラッシュアップ、事業化の手法としてのカーブアウト検討、VC等への接続や社内関係者との調整などが進められる。後半フェーズでは起案者が主体となり事業化に向けた活動を実施し、ゼロワンブースターは事業計画支援、資本政策検討支援、知財・法務支援などを起案者の状況に応じて行う。

プログラムは2026年1月〜3月にかけて「本事業でのゴールの決定」を経て、実証事業の成果を踏まえた「手引き」の作成へと進む予定だ。この手引きにより、今回の実証事業で得られた知見を広く社会に共有し、日本のカーブアウト促進につなげることを目指している。

2023年4月に経済産業省から発行された「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」に続き、この実証事業の成果は日本企業における研究開発成果の有効活用と、スタートアップエコシステム拡大に向けた重要な一歩となるだろう。

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