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8つの視点で読み解く「起業家主導型カーブアウトの新潮流・経産省ガイダンス」

経済産業省が令和6年(2024年)4月24日に発表した「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」。ゼロワンブースターでは、この70ページに及ぶガイダンスの背景や意図、そして今後の課題について読み解く勉強会を実施いたしました。

2021年を境目に、公開市場におけるグロース系スタートアップの株価が調整され、それに連動するような形でスタートアップエコシステムの見直しの機運が高まりつつあります。そんな中、新たな事業創出の手法のひとつとして注目を集めているのが「スタートアップ創出型カーブアウト」です。

日本の研究開発の90%が大手企業によって行われているにもかかわらず、63%の技術が事業化されずに消滅しているという現状(※)があります。この状況を打開するべく、経済産業省は、オープンイノベーションの専門家や起業家などで構成された研究会を開催し、「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」を策定しました。

このガイダンスは、新たな事業を創出する手法の中でも、事業会社が事業化できていない技術を活用して事業会社からスタートアップを創出する「スタートアップ創出型カーブアウト」に焦点を当てており、その中でも特に、起業家がカーブアウトのプロセスを主導する「起業家主導型カーブアウト」を重点的に解説しています。

ガイダンスでは、起業家主導型カーブアウトの基本思想を整理した上で、人材、知的財産、資本政策・ガバナンスなど具体的なポイントを整理しつつ、実践編として起業家主導型カーブアウトのフローやストラクチャーなど具体的な検討ポイントを言語化しています。

この勉強会では、このガイダンスについて、実際にカーブアウト実践のプログラム「SPINX 10」に参加する起業家・社内起業家(イントラプレナー)を中心に集めた質問をベースに、8つの視点で読み解きました。本稿ではその一問一答を2回の連載でお送りします。カーブアウトを検討する事業会社、起業家双方における論点の整理にお役立ていただければ幸いです。

各章ではいただいた質問を01Booster Capitalの取締役/パートナー、浜宮真輔が解説し、このガイダンスの策定に従事した経済産業省の上田夏生氏の回答を添える形で掲載しています。なお、現在、上田氏はガイダンス策定に従事した当時に在籍していた産業技術環境局技術振興・大学連携推進課から異動されています。

中核事業の定義とは

浜宮さん:キーワードは「中核」って言葉なんですよね。事業会社の中で中核ではない、もしくはサンクコストと言われているようなところのものをカーブアウトしましょうというのが今回のガイダンスのストーリーになっています。

 

私はベンチャーキャピタルをやってますので、実際にスピンオフの出資相談を多数いただくのですが、既に数十億円の売り上げがあってちょっと赤字の事業でも、大きい会社からすると中核ではないという評価がされてスピンオフを検討しているケースもあったりします。見る視点によっていろいろ評価が変わる点と、そもそも中核をどうやって特定するかという課題があります。

上田さん:カーブアウトに限らずオープンイノベーションを推進していく上での論点として、会社としてどのような領域で生きていくか、収益を上げていくか、という経営戦略全体の話に通じる問題なのかなと思っていて、おっしゃる通り一言で定義することは非常に難しいと思います。

 

何をもって中核というかというと、月並みな表現ではありますけれども、一つの考え方としては、ある程度既に収益が見込める事業の基礎ができていて、その事業にどれくらい資金を投入していけばどれくらいのリターンが得られる見込みがあるかが、ある程度見えていること、そして、その事業からの売上がその会社の売上規模の中で、ある程度の割合を占めているものについては中核事業といってもいいんじゃないかなとは思いますね。

浜宮さん:パターンがあって、3年経ってるけど売り上げが5億円ぐらいでまだ赤字なので終わりますというのはわかりやすいと思うんですね。元企業様の売り上げが1兆円だったとしたら、正直小さいです。 それ以外に中核に置けないようなケースであるのは、例えばB2Bをやってる企業がB2Cをやりたい場合です。何を言ってるかというと、自社のクライアントがC向けに売っていて、そこと競合するような商材を出したくないので中核に置けないというケースも実際に見ています。そうすると、そこはカーブアウトでやってみようと。

カーブアウトが進まない日本の根本原因

浜宮さん:経済合理性がないというのもあると思うんですけれども、私が今、関わらせていただいてる会社の中で言うと、そもそも発想がない感じがします。考えたことがなかったと。だからこそ起業家主導型で社内の起業家が出たいとなったときに、あれどうしましょう、どうやりましょう、制度がないと悩まれるケースが現状は割合的には多いんじゃないのかなって気もしてます。

上田さん:これまでどうだったかという点と、これからどうなのかという点、更にプレーヤーとして事業会社と起業家という人とVCという分け方ができると思います。

 

まず、なぜこれまでカーブアウトが進んでこなかったのかという点については、一つは事業会社の観点に立つと、浜宮さんがおっしゃった通り、これまでそもそもそういう選択肢がなかったということが大きいところなんだろうなと思います。

 

人の観点で言うと、特に事業会社、大企業については終身雇用が労働条件の前提にあって一つの大企業に長期勤続することのインセンティブがすごく強い労働環境、社会環境だったということは、要素としてあるんだろうなと思います。

 

あともう一つ、スタートアップがどれくらいお金を調達できるのかという環境のところで申し上げると、現在(注:勉強会開催時点)は約7,500億円ぐらいまできましたけれども、10年前は約100億円で、スタートアップをやってもお金が集まりづらい状況だったという中で、そもそも起業家主導であっても事業会社主導であっても、カーブアウトしてスタートアップをやっていくことを考えたときに、なかなかやりづらい環境だったんだろうと思います。

 

この三つの観点が複合して、これまでなかなか進んでこない状況になってきているんだろうと思います。

経済産業省の上田夏生氏

上田さん:逆に、これからどうなのかという点では、足元はまだまだカーブアウト案件が少ないながらも、事例が出てきつつある状況にはあると思います。また、終身雇用が絶対的なものではなくなってきていると思いますし、VCの投資額も先ほど述べたように7,500億円に達していて増加傾向が続いています。カーブアウトの具体的な事例が今後更に出てくると、後に続く起業家の人たちも出てくると思います。

また、事業会社としてもこれまで自前主義でやってきたというところから、外部の資源を使いながら事業を動かしていく、あるいは自社が主導するものではなく起業家が主導するカーブアウトであっても、そのスタートアップに一部出資をするということで長期的なリターンを獲得するといった長期的な構想に立てば、事業会社からのスタートアップ創出が今後進んでいくのではないかという感触はあります。

聞き手を務めたTHE BRIDGE 代表取締役の平野武士氏

——カーブアウトする案件はどのあたりの事業ステージが多いでしょうか

浜宮さん:弊社のファンドで出資している先に関しては既に売り上げがあるものが多いです。最初にもう既に売り上げが数千万億とかで出ていて、それが何かしらの理由で外に出たいですっていうケースに今のところ我々が出資しています。

 

ただ出資相談をいただく中では、ビジネスアイデアですとか、社内のビジネスコンテストで最優秀を取りました、一定額の予算がつきました、1年ぐらい走りました、でも売り上げが上がってません、このままいくとクローズされます、どうしましょうみたいな本当のプレシードみたいな方もいらっしゃいます。

 

—— 経済合理性がないところにVCは出資しないので、いわゆる本当にアイディアレベルの方々に出資するイメージが全く湧かないんですけど、その辺はいかがですか

浜宮さん:そう思っています。ただ大手企業から出てくるアイデアベースに結構な割合で大手企業さんが持っている知財が入ってたりしているケースがあるんですね。

 

いきなりシードラウンドなのに既に知財を持っているし、あとはそこにどうやってビジネス化していこうかっていうところをまぶせていけば、何かストーリーが見えそうなものというものがカーブアウトという文脈では埋もれているというのが面白いところだとは思います。

01Booster Capitalの取締役/パートナー、浜宮真輔

上田さん:スタートアップ創出型カーブアウト、起業家主導型カーブアウトという言葉でイメージしてるのは、事業会社で形成されて何らか事業に繋がるポテンシャルがあるものの事業化に至っていない、ということがキーワードで、その「事業化に至っていない」とは、製品・サービスとしてもう売れているという状況よりも前の段階を想定しています。

 

ただ、アイディアレベルだと、なかなかそのアイディアなり事業計画がどれぐらい事業性や収益性、将来性があるのかが見えないと思いますし、VCからの理解も得られにくい段階だろうなと思います。今回の起業家主導型カーブアウトで想定している対象としては、ある程度会社の枠組みの中で、あるいは会社の外のアクセラプログラムの中で、事業性の検証がなされたアイディアや事業計画、その上で会社としてその技術を事業化するかしないかの判断が一定程度なされたものを考えているところです。

起業家主導型にフォーカスにする意図

浜宮さん:起業家主導型で始めるのか事業会社主導型で始めるのか。今回は起業家主導型で整理されたということで、横で見ている立場からすると、どちらも同じ難易度があるような感覚も正直あるんですよね。

 

起業家主導型だったとしても、外に出られるときは元会社の合意が必要で、私もそういう合意形成の中にお邪魔しているのですが、そこでの議論にはパターンがあるんです。会社主導型になったとしても難易度以外と変わらないのかなとかっていうのは正直思っていますが、いかがでしょうか?

上田さん:起業家主導型カーブアウトで、何を考えているのかというところを少しご説明しますと、起業家主導型というのは、何かしら技術があり、その技術に関する事業アイディアがあって、それを自ら主導して事業化していきたいという意欲をお持ちの方がおられることが前提にあります。

 

つまり、プロセスを主導する社内起業家の方が社内整理を進めていって、会社を説得し、スタートアップとして独立をしていくというプロセスを考えています。カーブアウトのプロセスの出発点が起業家の熱意、あるいはマインドの部分にあるというイメージです。

 

一方で、事業会社主導型については、いろいろな類型があると思いますが、例えば、会社として積極的にカーブアウトしていく領域を指定するとか、逆に、こういう課題に対する解決策を提供できればビジネスになるかもしれないので、カンパニークリエーション的に技術や外部の人材を組み合わせてスタートアップにしていくという動きもあるかなと思います。

上田さん:起業家主導型と事業会社主導型のいずれの場合でも、カーブアウトするのかしないのか、カーブアウトするとして、技術を譲渡するのかライセンスアウトするのか、出資をするのかしないのかなど、会社として意思決定をする場面は必ずあるはずです。

 

その判断をする、あるいはその判断に至るまでのプロセスや議論の中で、事業会社主導で事業会社が主体的に決めてさまざまなプロセスを進行していくのであれば、事業会社側とスタートアップとして事業化する人との間での認識の食い違いなどは比較的起きにくいのではないかと思います。

 

一方で、起業家が主導してやっていくカーブアウトであると、会社として事業化できないもの、あるいは事業化しないと決めた技振や事業計画であるにも関わらず、例えば、5年で20億のビジネスになりそうと見えてくると『やっぱりうちの会社でやったらいいじゃん』という発想で、自社で事業化しようとしたり、100%子会社で事業化しようという話になってくると、そもそも、自分の会社で事業化ができない技術であるにもかかわらず、あたかも自社が主導してビジネスにしていく前提でプロセスを進めようとしてしまい、起業家側と事業会社側とで認識や前提の食い違いが発生しやすく、そうなってしまうと双方で矛盾しているので良くないだろうと。起業家主導型ということであっても、会社として意思決定したり会社の中でプロセスを進めていく中で間違いやすいというか、食い違いを起こしやすいポイントについて、今回のガイダンスでは整理をトライしたというものだと思っています。

カーブアウトの出口戦略

浜宮さん:事業を社内でやり続けるのか、カーブアウトするのかという出口、カーブアウトした時にIPOなのかM&Aなのかという二つの出口ポイントがあると思ってます。前者に関しては社内の評価だと潰される可能性はあるけど、外部が評価すると実はそれがいいっていうのは実績としてもあるので、じゃあ考えましょう、みたいな流れは一つの出口の作り方かもしれないですね。

上田さん:自社で事業化できると決めた技術なのかそうではないのか、どういう立場に立って考えるべきなのかを意識した上で、出口をどうするのかを考えていく必要があるのかなと思います。

 

カーブアウトのプロセスを社内に整備していく際の考え方として、例えば、会社の中でのアクセラレーションプログラムで、検討の進捗段階に応じてフェーズ1やフェーズ2といった形で段階別に分けて、フェーズ1ではこれぐらいの水準まで達成すれば、外部の有識者を交えた検討会で判断をして次のフェーズ2に進むことを認める、といった仕組みのプログラムがあります。

 

VCのマイルストーン投資に近い考え方だと思いますけど、そういう仕組みをカーブアウトに限らず新規事業を作っていくプログラムの中で実装していって、出口に近づけていくということは議論としてあると思います。 ガイダンスの方に事例集として事業会社の例を4社ほど載せていますが、ホンダのプログラムは事業化の段階に応じてフェーズを分け、次のフェーズに進めるにあたっては外部の有識者を交えてその判断をする会を設けるという仕組みになっているので、参考になるのかなと思います。

 

ここまでは、カーブアウトが進まない日本の現状やカーブアウトによるスタートアップ創出を進める意義、起業家主導型カーブアウトのコア・コンセプトなどといった切り口から、「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」について語っていただきました。

次回「社内起業から、いざカーブアウト。起きがちな問題の対応方法は?」では、いざ起業家主導型カーブアウトに取り組もうとした際に突き当たる壁や考えるべきポイントについてお届けします。

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