
「ブルーカーボン」で環境と経済の好循環を目指す ——富士通発スタートアップBLUABLEの挑戦

富士通から出向起業という形でスピンアウトしたBLUABLE(ブルアブル)は、海藻の藻場造成を通じて環境保全とビジネスの両立を目指している。
彼らが事業の中心に据えるのが「ブルーカーボンクレジット制度」になる。海洋生態系が二酸化炭素(CO₂)を吸収・貯留する機能を活用し、地球温暖化対策を推進するために導入されている「海を舞台にしたカーボンクレジット」のことだ。
温室効果ガスを削減する取り組みを企業が購入することで、自身のCO₂排出量とオフセットするカーボンクレジットのモデルを海に持ち込む。
安価でメンテナンスフリーな藻場造成キットの開発と、企業のESG戦略に組み込める新たな環境貢献の形を提案する同社の取り組みを、同社代表の魚谷貴秀氏、取締役の西川暢子氏と福地達貴氏に聞いた。
藻場造成で目指す環境と経済の両立

BLUABLEが目指すのは、藻場を中心とした環境と経済の好循環の創出だ。その核となるのが、独自の基質技術を用いた藻場造成キットの開発である。
「従来、海藻は岩盤など硬い場所にしか付着しないため、砂浜での藻場形成は不可能でした。しかし、私たちの技術では、特殊な基質を用いることで砂地でも藻場を作ることができます」と西川氏は説明する。この技術は、北海道のホタテ漁業者の方が環境再生のために独自に開発してきた手法をベースに、さらなる効率化と大規模展開を目指して研究を重ねている。
現在、この技術を用いた実証実験は全国10地域16箇所で展開されている。 1キログラム未満という軽量な装置は設置が容易で、沖合から自然に飛来する胞子が付着することで藻場を形成する。しかし、実用化に向けてはまだいくつかの課題が残されている。「安価でメンテナンスフリーな装置の実現が重要です。また、水域によって栄養塩の状況や食害の問題など、様々な環境要因に対応していく必要があります」と魚谷氏は語る。

ビジネスモデルとしては、段階的なアプローチを取る。当初は企業のCSR活動の一環として、陸上での「企業の森」に相当する「海の森」づくりを提案。将来的には、企業が自社のカーボンオフセットのために必要なCO2吸収量を確保できる「藻場による実海域でのCO2吸収プラント」の展開を目指す。
「私たちは、漁業権者と調整をし、藻場造成からブルーカーボンクレジット申請までをワンストップでサポートする体制を整えています」と福地氏。地域との関係構築や行政との調整など、自治体でのDX推進経験が活きる場面も多いという。

また、2024年度から環境省が開始する「自然共生サイトに係る支援証明書」の動きも、事業展開の追い風となりそうだ。TNFDに基づく企業の情報開示において、こうした環境貢献の取り組みが評価される仕組みが整いつつある。
日本発の技術が切り開く可能性

「藻場によるブルーカーボンクレジットについて、日本は世界で最も進んでいます」と西川氏は胸を張る。実際、海外のボランタリークレジットを含めても、藻場でクレジットを取得できる制度を持つのは現時点で日本だけだそうだ。
ブルーカーボンという概念は、2009年に国連環境計画(UNEP)の報告書で初めて提唱されたものだ。日本は、世界第6位の海岸線延長を持つ海洋国家であり、豊富な沿岸生態系を有しており、この地理的特性を活かし、ブルーカーボンを地球温暖化対策の新たな手段として積極的に活用する動きが進められてきた背景がある。
特に、2050年までにCO₂排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の目標達成に向け、環境省はブルーカーボンに関するウェブサイトで最新情報や取組事例を公開するなど、生態系の保全・再生が重要な施策と位置づけられている。
この先進性は、島国である日本の地理的特性と、長年の研究開発の積み重ねによって培われてきた。
しかし、この取り組みの重要性は単なる環境ビジネスの枠を超えている。筑波大学下田臨海実験センターの研究グループによれば、CO2の影響で海水のpH値が低下する「海洋酸性化」が進行しており、2100年までには多くの海域で生態系が大きく変化する可能性があるという。
「海洋酸性化が進むと、サンゴや貝などの石灰質の骨格を持つ生物が生息できなくなります。そうなると、海藻類が生態系の新たな基盤となる可能性があります。藻場は単にCO2を吸収するだけでなく、生物多様性の維持や水質浄化にも重要な役割を果たしています」と西川氏は説明する。
現在、世界各地で藻場の減少が報告されており、その原因は必ずしも明確ではない。「この間まで元気だった藻場が突然消失するケースも報告されています。環境変動の影響は予測以上に深刻かもしれません」と魚谷氏は警鐘を鳴らす。
このような危機感は、国の施策にも反映されている。「藻場・干潟ビジョン」の策定や、地域版の藻場ビジョンの展開など、行政も積極的な取り組みを始めている。しかし、予算規模はまだ十分とは言えず、民間企業の参画が不可欠な状況だ。
「これはカーボンニュートラルと同様、一社だけの取り組みでは解決できない課題です。企業活動が海洋環境に与える影響を、プラスマイナスゼロにしていく。そんな新しい環境貢献の形を提案していきたい」と福地氏は展望を語る。
多様なバックグラウンドを持つ創業メンバーの出会い

BLUABLEの創業メンバーは、それぞれ異なるキャリアを持つ3名で構成されている。代表取締役の魚谷貴秀氏は、大手キャリア向けの通信サービス開発、特にカーボンニュートラル実現に向けたサービスの企画開発に携わってきた。
取締役の西川暢子氏は、微細藻類バイオマス向けICTプロジェクトの立ち上げや大学等との共同研究を10年以上にわたって手がけてきた研究者だ。もう一人の取締役である福地達貴氏は、北海道神恵内村に出向し、地域の内側からDXを推進してきた経験を持つ。
3名の出会いのきっかけは、富士通の新規事業創出プログラム「FIC(Fujitsu Innovation Circuit)」だった。西川氏が長年取り組んできたブルーカーボンの研究に、魚谷氏が関心を持ったことから始まり、地域DXプロデュースの知見を持つ福地氏が加わる形で現在のチームが形成された。
「FICのChallengeステージを経て、Growthステージに進んだものの、R&D要素が強く、即座の収益化が難しいという判断から、出向起業という道を選びました」と魚谷氏は振り返る。
スタートアップの形成過程で重要となるチームビルディングには特に時間をかけ、それぞれの専門性を活かしながら、互いの役割を補完し合える体制を築いていった。
現在は、魚谷氏が対外的な折衝や短期的な事業推進を、西川氏が研究開発要素の強い分野を担当。福地氏は地方創生の経験を活かしながら、三者で協力して事業全体を推進している。
「出向起業のメリットとして、富士通という大きな会社のアセットを活用できる強みがあります」と福地氏は語る。ビジネスモデルの検討から、デザイン、営業面まで、親会社のリソースを効果的に活用できる点が、通常のスタートアップとは異なる特徴となっている。
事業会社発スタートアップならではの挑戦

BLUABLEの挑戦は、環境技術の開発だけでなく、事業会社発のスタートアップという新しい企業形態の実験でもある。富士通の新規事業創出プログラムFICから生まれ、出向起業という形でスピンアウトした同社は、既存の組織の強みと、スタートアップの機動力を組み合わせた独自の経営モデルを模索している。
「社会課題から入るビジネスは難しい面があります。ただ、ビジネスモデルで画期的なものを思いついたときがチャンス。社会課題解決の理想像だけでなく、ビジネス的な課題やサプライチェーンの問題にも目を向ける必要があります」と魚谷氏は、後に続く起業家たちへアドバイスを送る。
福地氏は「食わず嫌いせずに、様々な人と対話を重ねることが大切」と語る。実際、同社の創業メンバーの出会いも、組織の枠を超えた積極的な対話から生まれた。
「出向起業には独自の強みがあります」と福地氏は指摘する。「ビジネスモデルの検討、デザイン、営業など、親会社のさまざまなアセットを活用できる。三人で起業したように見えて、実は富士通という大きな組織のサポートがある。それは他のスタートアップにはない優位性です」
環境問題への取り組みは、往々にして長期的な視点と忍耐を必要とする。藻場の成長は1年サイクルで、その効果の検証にも時間がかかる。しかし、それは森林再生などと比べればはるかに短いスパンだ。「毎年の成果を積み重ねながら、競争優位性を築いていける」と魚谷氏は前を向く。
社会課題の解決と、ビジネスとしての持続可能性の両立。研究開発型スタートアップの新たな可能性を探る同社の挑戦は、まさに始まったばかりだ。