
できたてのチーズを都市で——明治発FRESH CHEESE STUDIOが目指す、日本の乳製品の新しい価値創造

2021年、明治の社内新規事業創発プログラム「mBD(meiji Business Development)」から生まれたFRESH CHEESE STUDIO。人事、マーケティング、研究開発など、異なるバックグラウンドを持つ4名のメンバーが集まり、「できたて」にこだわった新しいチーズ体験を提供する事業を立ち上げました。表参道での店舗展開、食育プログラムの実施、そして海外展開も視野に入れる彼らが描く、日本発の新しい乳製品文化とは。
明治からゼロワンブースターに出向の形でFRESH CHEESE STUDIOの事業に取り組むプロダクトマネージャーの小森素晴さん、ブランドマネージャーの藤本和英さん、ファイナンシャルマネージャーの桑畑遼さんに立ち上げの経緯をお聞きしました。
多様性が生んだチーム力

2021年、明治の社内新規事業創発プログラム「mBD」の第一期生として選ばれたのは12名。その中で3つのチームが作られ、うち1チームが現在のFRESH CHEESE STUDIOの礎を築くことになります。
チームメンバーは実に多様なバックグラウンドを持っていました。人事部門出身で働き方改革の経験を持つメンバー、マーケティング本部でブランド戦略を担当していたメンバー、そして10年以上チーズの研究開発に携わってきた技術者。一見バラバラに見えるこのチーム構成は、後に大きな強みとなっていきます。
当初、チームメンバーたちは初対面。しかし、全員に共通していたのは「新しいことに挑戦したい」という強い意志でした。特に人事部門出身の桑畑さんは「このまま人事部門で30年というキャリアは想像できる。でも、もうちょっと違う道もあるのではないか」と考え、応募を決意したそうです。
プログラムが始まると、各メンバーの専門性が見事に噛み合っていきます。技術者だった小森さんは製品開発と品質管理を、マーケティング担当だった藤本さんはブランド戦略を、人事だった桑畑さんはチームマネジメントと社内外の調整を担当。このバランスの取れた役割分担が、事業推進の大きな推進力となりました。
「他のチームは良いアイディアがあっても、進めるとなったときに進められないことがありました。でも私たちのチームは、ものづくりは研究所の人が話をつけていきますし、売り先になったら銀座の知り合いに置いてもらえるという話も出てくる。残りの契約書関係は全て処理できる。そういう全方位で進むチームは少なかったんです」と、小森さんは当時を振り返ります。
事業構想からローンチまでの道のり

mBDプログラムでチームが結成された当初、メンバーたちはそれぞれアイディアを持ち寄りました。人事部門出身だった桑畑さんは働き方改革の経験を活かし、育児支援や粉ミルク関連の新サービスを提案。藤本さんは、ペット向けの健康フードという案を出しました。
藤本さんは「ワンちゃんは飼い主にとっては家族の1人。そのワンちゃんと一緒に愉しめるチアパックゼリーのものを試作して、食べてもらいました。飼い主さんも喜ぶ姿をみてうれしかったですね」と、当時を振り返ります。しかし、事業の方向性を絞り込む過程で、チームは大きな決断を迫られることになります。
その転機となったのが、チーズ研究開発の経験を持つ小森さんが持っていた「できたて」へのこだわりでした。工場でできたてのチーズを食べた経験から、「これを世の中に出せないか」という思いを温めていたのです。
2021年6月から12月にかけての半年間、チームは事業計画の策定に没頭します。そして12月、松田(克也)社長へのプレゼンテーションで事業化が認められました。しかし、これは新たな挑戦の始まりに過ぎませんでした。
しかし、社内での調整に時間を要します。2022年度は主に社内調整に費やされ、2023年1月からようやく、都内のホテルでの試験的な提供が始まりました。
そして2024年、いよいよFRESH CHEESE STUDIOは新たな段階に入ります。同年1月、前例のない事業をスピード感をもって推進するために、社外の起業環境に身を置くことになりました。チームメンバーはゼロワンブースターへ出向し、他の社内起業家やスタートアップとともに事業創造コミュニティである「SAAI」へ出向して活動することに。表参道での店舗展開、食育プログラムの実施、そしてECサイトの準備と、事業は着実に広がりを見せることになったのです。
ブランドづくりとこだわり

FRESH CHEESE STUDIOのブランドアイデンティティを象徴するのは、清潔感のあるブルーを基調としたデザインと、手作り感を残しながらも洗練された雰囲気です。「まず大切なのは、フレッシュな雰囲気です。特にミルクは鮮度が命ですから、清潔感は絶対に譲れない」と藤本さんは語ります。
表参道という立地も、ブランドづくりに大きな影響を与えています。食感度の高い女性が多く訪れる街に出店するからこそ、都会的な洗練さと、手作りの温かみのバランスが重要でした。
製品開発においては、「できたて」の味わいを追求。
技術開発チームは、何度も試作を重ね、イタリアンのシェフをはじめ様々な食の専門家からのフィードバックも受けながら、製法を改良していきました。その結果、取材で訪れる人々からネガティブな評価を受けたことは一度もないという自信作が完成。価格については議論があっても、味については揺るぎない評価を得ています。
また、国産原料へのこだわりも、ブランドの重要な要素となっています。日本のチーズ市場の約80%を輸入品が占める中、国産乳製品の新しい可能性を示すことは、チームの当初からの志でした。
価値提供の多角化戦略

FRESH CHEESE STUDIOは、「できたての美味しさ」という価値を、様々な形で届けようとしています。その戦略は、直営店舗での提供を軸に、食育プログラム、ホテルでの展開と、多角的な展開を見せようとしています。
表参道の直営店舗では、フレッシュチーズの魅力を最も直接的な形で伝えています。チーズと様々な食材との組み合わせも提案しており、「うどんと合わせても美味しいし、中華料理のスープに入れても美味しい」(小森さん)という発見は、日本独自のチーズ文化を育む種となっています。 中でもこだわりの食育プログラムは、未来への投資とも言える取り組みです。「さけるチーズしか知らなかった子どもたちに、フレッシュチーズの魅力を伝えたい」(小森さん)という思いから始まったこの活動は、予想以上の反響を呼んでいます。CSR活動ではなく、事業として成り立たせることが重要と考え、提供価値に見合った価格で提供することにより、継続的な運営を目指しています。

ホテルでの展開も、重要な戦略の一つです。高級ホテルのレストランで提供されることで、商品の価値が再確認され、ブランドの認知度も高まっていきます。
未来へのビジョン

チームが描く未来図は、単なる事業の拡大を超えて、人々の記憶や感情に寄り添うものです。そして今、FRESH CHEESE STUDIOは新たな転機を迎えようとしています。海外で展開する有名日系カフェチェーンとの取引が具体化してきたのです。
「たまたま繋がって、実際に召し上がっていただいて。一度は戻って終わったかと思ったら、新しくできる商業施設に出店する時に使いたいという話になった」と、桑畑さんは経緯を振り返りました。
当初3名でスタートしたメンバーに、新たな人材が加わり、より専門性の高い体制が整ってきました。本格的な製造・販売をスタートしていくにあたり、製造技術に長けた人材を社内公募で募り、チームに迎え入れています。その一方で、創業時からの役割分担の明確さと、チームワークの良さは大切に受け継がれています。
「形をしっかり残していくことにこだわっていきたい」(藤本さん)という言葉には、二つの意味が込められているようです。一つは、製品としての「形」——品質へのこだわりを決して緩めないという決意。もう一つは、組織としての「形」—多様な個性が響き合う、独自のチーム文化を守り育てていくという願いです。
社内新規事業として生まれたFRESH CHEESE STUDIOは、今、大きな飛躍の時を迎えています。しかし、その歩みは決して拙速ではありません。「できたての美味しさ」というコアバリューを守りながら、着実に、しかし大胆に、新しい一歩を踏み出そうとしています。 チームの目指す先には、日本発の新しい乳製品文化の創造という大きな夢があります。その実現に向けて、彼らの挑戦は続いていきます。