
「小粒」批判をどう乗り越える——富士通とサントリーが語る社内イノベーション制度の真価【01Booster Conferenceレポート】

新規事業の社内公募制度は、成功率の低さがしばしば指摘されます。しかし、その本質的な価値は事業化の成否だけにあるのでしょうか。富士通とサントリーホールディングスの新規事業制度担当者が語る、組織変革のトリガーとしての新規事業創出の取り組みと、その真の狙いを探ります。
「新規事業づくりの営みをトリガーに、企業変革を仕掛ける」と題した01Booster Conferenceのセッションには富士通で社内公募型の新規事業提案プログラムに携わっている川口紗弥香氏、サントリーホールディングス未来事業開発部の松尾英明氏が登壇。モデレートはゼロワンブースター新規事業開発部スペシャリストの川岸亮造が務めました。
挑戦する組織文化はなぜ必要か
「新規事業は成功率が低い。それなら、M&Aで成長中のスタートアップを買収したり、戦略的なテーマに絞ってリソースを集中させた方が良いのでは?」(川口氏)
これは富士通の川口氏が、社内でよく耳にする声だと語ります。確かに、新規事業の成功率は「千三つ」と言われるほど低く、大手企業であればM&Aという選択肢も十分考えられます。しかし、両社の担当者は、社員起点の新規事業創出の取り組みには、単なる事業化成功の枠を超えた重要な価値があると指摘します。
大手企業が「挑戦」を掲げる理由
富士通では「挑戦が当たり前の富士通」を目指し、社内新規事業制度「Fujitsu Innovation Circuit(FIC)」を展開しています。特に顧客のDXを支援する立場にある富士通にとって、社員自身が変革に挑戦する姿勢を持つことは、既存事業においても重要な意味を持ちます。
一方、サントリーホールディングスの松尾英明氏は、創業以来の「やってみなはれ」精神に触れつつ、その現代的な課題を指摘します。「企業が成長すると当然組織が大きくなって階層化したり、サイロ化していくことで、やりたいという現場の社員が思っても、なかなか上がっていかなくて実現しない」という状況が、この10〜20年で顕在化してきたといいます。

両社に共通するのは、新規事業創出の取り組みを、単なる新規事業開発の手法としてではなく、組織の持続的な成長のための「仕組み」として位置づけている点です。
サントリーの松尾氏は「やはりそういう挑戦する風土みたいなのがある程度ないと、持続的な成長には繋がらない」と指摘します。実際、同社の社内ベンチャー制度「FRONTIER DOJO」を目当てに入社を決めた新入社員も現れ始めているといいます。
また富士通の川口氏は「事業を作るだけが目的であれば、買ってくればいいという考えもあるが」としながらも、「やり続けるとか、自分たちでできる力がないと、会社って停滞してしまう」と語ります。
興味深いのは、両社とも過去には「やんちゃな人材」による自発的なイノベーションが活発だったという点です。サントリーの松尾氏は「昔は勝手にもうこれやっちゃいました、作っちゃいましたとか、これ立ち上げちゃいましたみたいな人が結構いた」と振り返ります。
しかし、組織の成長とともにそうした自然発生的なイノベーションは減少傾向に。
そこで両社は、社内新規事業制度を通じて、新たな形での「挑戦する文化」の再構築を試みています。それは単なる過去の再現ではなく、現代の大手企業に適した形での、持続可能なイノベーション創出の仕組みづくりといえるでしょう。
両社の新規事業制度の特徴と実績
社内新規事業制度を通じた組織変革。それは具体的にどのような仕組みで実現されているのでしょうか。富士通とサントリー、両社の取り組みを詳しく見ていきます。
「挑戦」を強調するFujitsu Innovation Circuit
富士通の社内新規事業プログラム「Fujitsu Innovation Circuit(FIC)」は、「挑戦が当たり前の富士通」を掲げ、あえて「挑戦」という言葉を強調しています。川口氏によれば、これには明確な意図があります。
「私達の社員ひとり一人が、お客様のDXパートナーとして現場に入り込む中で、もっとこうしたら業界が変わるかもしれない、社会が変わるかもしれないといった課題に気づくことがあります。ただ、なかなかプロジェクトをやっていると、それを実現する時間もなかったり、場もなかったり」(川口氏)。
FICは、そうした現場の気づきを実現していくための「機会」「リソース」「応援」を提供するプログラムとして設計されています。
具体的には、「Ignition」と「Challenge」という2つのプログラムで構成されています。Ignitionでは必要なスキルの習得や仲間探しを、Challengeでは100%専任での事業創出に取り組むことができます。
プログラム開始から3年間で約2,500名が学びの場に参加し、約170チームが事業創出にチャレンジ。その中から6つの事業が生まれ、うち2つは2024年に起業を果たしています。

人材育成を軸に置くサントリーHDのFRONTIER DOJO
一方、サントリーHDの「FRONTIER DOJO」は、事業開発と人材育成のどちらを重視するかという議論に対し、後者に軸足を置くことを明確に打ち出しています。松尾氏は「最初に宣言をして進めた」と当時を振り返ります。
制度の特徴は、起案者である社員本人が最後まで事業化検証・推進を行うこと。また、途中で脱落した社員に対しても再チャレンジを促し、活躍している社員の姿を積極的にPRすることで、新たなチャレンジを生み出す風土醸成にも取り組んでいます。
事業化後のスキームも柔軟で、(1)アクセラレーターへの出向による小規模立ち上げ、(2)新会社設立と社長としての出向、(3)既存事業での展開、という3つのパターンを用意。第4期がスタートした現在まで、エントリー数は毎期100件を超え、過去3年で計11の案件が事業化(「免許皆伝」)に至っています。

「小粒」という批判をどう乗り越えるか
社内新規事業制度を運営する上で、避けては通れない課題があります。「出てくる案件が小粒ではないか」「これだけの制度を作って、世に出せているのか」といった批判です。両社は、この課題にどのように向き合っているのでしょうか。
人材育成の価値を明確に
サントリーの松尾氏は、制度設計の段階からこの課題を意識していました。「社内ベンチャーみたいなことをやるときに、目的をしっかりはっきりさせておく必要がある」と語る松尾氏は、FRONTIER DOJOを「事業開発のためではなく、人材育成と風土醸成のため」と明確に位置づけました。
そこでサントリーでは、FRONTIER DOJOへの参加経験を人事情報として正式に記録しているそうです。
松尾氏は「人事制度にしっかり踏み込んでいく」ことの重要性を指摘します。特に、事業化したプロジェクトの「出口」をどうするかという課題に対して、「人事とも握って、ある程度の方向性を制度として明確に入れ込んでいけると会社としても変わる」と語ります。
「恐らく根っこでは、『このプログラムはそういうもの』と理解はしてくれているはずです。事業の結果もそうですが、そこから生まれたこの人材こそが非常に重要であると言い続けることが重要ではないでしょうか」(松尾氏)。
その姿勢は、実際の成果として表れ始めています。事業化には至らなかった人材が、その経験を活かして飲料部門のイノベーション部署に異動するなど、プログラムで得た経験が新たなキャリアに繋がるケースも出てきているといいます。
「キラキラ」させすぎない工夫
富士通の川口氏は、興味深い視点を提示します。
「最近は、キラキラさせないことも大事かなと思っています」と語る川口氏。以前は挑戦する人を目立たせた方がよいと考えていましたが、それが逆効果になる可能性に気づいたといいます。
「やっている人を目立たせてキラキラさせた方がいいと思っていたのですが、社内の声を聞いていると、それ一部の人のものだとか、『いやもう私はベタベタなのでできない』って言われる」(川口氏)。
そこで富士通では、成功事例を共有する際も、表面的な成功だけでなく、「めちゃくちゃ泥臭くやっていた」「お客様の中にいた」といった等身大のプロセスを伝えることを重視しているそうです。事業部との対話でも「新規事業って言ってるけど、みなさんから離れたものじゃないですよ」というメッセージを丁寧に伝えています。

サントリーでも同様の工夫が見られます。FRONTIER DOJOの体験者が各拠点で講演する際も、「エントリーするまでに至った思い」や具体的な経験を中心に語ってもらうようにしているといいます。
松尾氏は「かっこいいみたいな憧れを持ってもらうという意味合いと、でも自分でも届くという、その両方をちゃんと見せる必要がある」と指摘します。理想化された成功像ではなく、等身大の挑戦プロセスを共有することで、「自分でもできるかな」という思いを醸成することを目指しています。
失敗から学ぶ文化の醸成
両社とも、制度の立ち上げ期には様々な試行錯誤がありました。しかし、その経験自体が貴重な組織的な学びとなっています。松尾氏は「制度の方も整っていない中でスタートしたので1期生はすごい」と振り返ります。
そうした失敗も含めた経験を、社内だからこそ共有できる強みとして捉え、次の挑戦に活かしています。川口氏も「失敗の方が再現性はあったりする」と指摘し、むしろ失敗経験やノウハウをナレッジとして蓄積していくことの重要性を強調します。
このように、両社は「小粒」という批判に対して、事業規模の大小だけでない価値基準を示し、より本質的な組織変革の視点から制度の意義を問い直しています。
「出島」と「本島」の効果的な連携
両社とも、新規事業制度で生まれたプロジェクトの出口として、複数の選択肢を用意しています。サントリーの場合、以下の3パターンを設定しています:
- アクセラレーターへの出向による小規模立ち上げ
- 新会社設立と社長としての出向
- 既存事業での展開
注目すべきは、これらのパターンが相互に影響し合い、組織全体の変革を促進している点です。例えば、新会社として独立したプロジェクトのメンバーが、各拠点で経験を共有することで、既存組織に新たな視点や可能性を提示する役割を果たしています。
新しいキャリアパスの創造

新規事業の社内公募制度はどうしても「大きな事業」「成功」といった言葉の誘惑に惑わされがちです。一方、新しい挑戦がすべてうまくいくわけではないことも理解できます。
両社の取り組みは新たな挑戦を生み出しつつ、かつ、大手企業という組織の中でその仕組みを最適化させるひとつの「型」と言えそうです。つまり、組織全体を新しいことに挑戦できる状態に変えていくための、重要なトリガーとして機能したからです。
「社内ベンチャー制度は事業を生み出すとか、起業家人材を生み出すといったことが当然目的にはなると思うのですが、一方で視点を変えると、社会の新しいキャリアの形であるとか、新しい挑戦ができる環境作りといった取り組みでもあります」(松尾氏)。
さらにそうした取り組みは、一企業の中だけで完結するものではありません。企業の枠を超えた連携と学び合いを通じて、日本全体のイノベーション創出環境をより豊かなものにしていく。
両社の取り組みは、そんな新しい可能性を示唆しているのかもしれません。