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スマホの中に「師匠」をつくれ!——カシストが変える職人技術の継承革命

陸上自衛隊出身で塗装職人として20年の経験を持つ吉松良平氏が率いるカシスト。同社が提供する「カシスト®」は従来5〜7年かかるとされる技能職の育成期間を大幅に短縮し、未経験者でも1年で、20年職人の基礎技術75%まで習得できる画期的なサービスだ。職人の高齢化と人材不足が深刻化する建設業界において、技能継承の新たな可能性を示すカシストの取り組みに迫る。

カシストが実現する技能の可視化と短期育成

3月15日にTIB(東京都千代田区)にて開催されたTIB STUDIOデモデイでプレゼンテーションするカシスト 代表取締役 吉松良平氏

「理想の上司をスマホの中に」── このミッションを掲げる「カシスト」は、職人の暗黙知をデジタルデータ化し、短期習得をアシストする画期的なサービスだ。吉松氏は「ジャパンブランドとしてスキルデータを蓄積し、必ず来るヒューマノイド時代に、この未来の現場を日本が再度牽引するためのアシストをしたい」と語る。

カシストの特徴は、従来の現場OJT一辺倒から脱却し、移動時間中にスマホでOFF-JT学習ができる環境を提供する点にある。具体的には、ベテラン職人が言語化できていない動きのノウハウやコツを抽出し、定量的に言語化。今の若者が求める「理想の上司像」で「無限に見てもらえる環境」を提供する。また、自動翻訳では対応できない業界用語に対応した母国語学習も可能だ。

このサービスの核心は、特許出願済みの技能抽出・可視化技術にある。吉松氏によれば「ベテラン職人さんがやっていることには全て意味があります。なぜその音なのか、その距離なのか、その角度なのか、全部意味があるので、それを抽出の方程式に沿って抽出していく」という。

一般の方にもイメージしやすい例として、網戸の張替えの技術抽出が紹介された。イラスト、音声、テロップ、映像を使って丁寧に説明される映像では、枠と糸の平行を保つための右手親指の位置など、見逃しがちな重要なコツも明確に示される。従来の「心理的安全性がない現場でスピード調整できない生の映像」とは一線を画す教材だ。

カシスト社のプレスリリースより

これまでのマニュアルは「手順書」に過ぎなかった。「手順書通りにやるためのコツがどこにあるのか」という本質的な部分が欠けていたため、現場では「マニュアル=使えない」という烙印が押されていた。カシストはこの課題を解決し、イメージトレーニングと実践を効果的に組み合わせることで成長曲線を加速させる。

驚くべきことに、このアプローチにより未経験の外国人労働者でも、1年間で職人歴20年のベテランの基礎技術75%まで習得できることが実証されている。「ここまで来ればもう赤字人材じゃない、黒字化している」と吉松氏は胸を張る。

カシストのサービスラインには、企業ごとに職人技術を抽出・可視化するオーダーメイド型と、リフォーム塗装業界に特化した標準型があり、業界の多様なニーズに応えている。

2025年3月27日からは、リフォーム塗装業界に特化した「カシスト®リフォーム塗装」のβ版の全コンテンツが受講できる無償トライアルを100社限定にて提供開始した。

職人技術の継承危機と「理想の上司」の不在

吉松氏は、建設業界で今なお「見て覚える」という古い育成方法が続く理由について、「選択肢が他にないから」と説明する。

建設業界は今、深刻な人材不足に直面している。40歳未満の技能者はわずか26%。50代、60代、70代の職人たちが引退すると同時に、データ化されていない「暗黙知」が失われようとしている。吉松氏自身、陸上自衛隊から塗装職人へと転身した経験を持つ。その過程で彼が最も驚いたのは、両者の教育方法の違いだった。

「自衛隊では全て標準化されています。自分が何をどうすべきかが明確に教えられ、習得レベルも可視化されている。一方、職人世界では装備品も人それぞれで、何もかもが可視化されていないのです。」(吉松氏)。

現場では、ベテラン職人による「こんな感じで」という曖昧な指示と、それに続く「力を入れるな」「刷毛を寝かすな」といったダメ出しの連続。教わる側は具体的な理由や方法を理解できないまま、失敗を繰り返す苦しい日々を送る。

「今の若い人たちが求めている理想の上司は、一人ひとり丁寧に指導を何回でもしてくれて、でも厳しくしないでほしい── これは現場では実現不可能なんです」と吉松氏は語る。生の現場では時間的余裕がなく、言語化できる内容も限られる。新人は心理的安全性のない環境で、予習も復習もできない状態で技術を習得しなければならない。

この状況は、外国人労働者の増加によってさらに複雑化している。日本語が乏しい状態で技術を伝承するのは至難の業であり、結果として労働災害も増加傾向にある。2025年には国民の3人に1人が65歳以上になるという超高齢化社会を迎える日本。

多くのベテラン技術者の引退が見込まれる中、中小企業の約84.3%が自社の育成プログラムを持っていない。「ベテランさんたちが引退する前にこれをちゃんとやらないと、抽出もできなくなる」と吉松氏は危機感を募らせる。

建設業界の未来を担う若者たちが「憧れる職業」として選択できる環境を作るために、吉松氏はベテラン職人の暗黙知を「理想の上司」として可視化し、スマホ一つで学べる新たな教育システム「カシスト®」を構築した。

導入企業の成果と外国人労働者への展開

導入した企業では建築塗装業という業界人口減少が進む労働集約型ビジネスにおいて、「売上」と「人材の定着」に顕著な変化が見られた。年間売上高は3年で200%アップ、離職率は19%減少、そして営業利益も向上している。この結果は、短期育成がもたらすポテンシャル発揮の証明だと吉松氏は語る。

導入企業からの声も具体的だ。新入社員からは「予習・復習が気軽にできるようになり、仕事に向き合う気持ちに余裕が生まれ、仕事を覚えるのが楽になった」との声が上がっている。育成担当者からは「現場への移動中に、社員にスマホで予習をお願いできるので、現場での補足指導時間が減った。忙しい現場において、自分の仕事が進められるようになった」という評価を得ている。

特に注目すべきは、外国人労働者への効果だ。カシストの受託型サービスを導入した企業の7割が、技能実習生の受け入れをきっかけに導入していたという。「日本語が乏しい外国人労働者でも、塗装工のカテゴリーでは1年で20年職人さんの基礎技術の75%ぐらいは習得できた」と吉松氏は成果を強調する。

多言語対応も強みとなっている。片言の日本語でコミュニケーションを取りながら技術を伝承することの困難さは、外国人労働者が増加する建設現場で深刻な課題だ。カシストはモンゴル語、ベトナム語など様々な言語で字幕表示が可能。「母国語で学べる環境を作ってあげるだけで成長が早まります」と吉松氏は説明する。

職人技術の再価値化―新時代への挑戦

「職人をもっともっと新しい職業にしたい。かっこよくて、稼げて、家族に誇れる。本来ならもっとかっこよくていいし、もっと稼げていいし、もっと家族に誇れていいと思っている」と吉松氏は熱を込める。最終目標は、次世代の子どもたちが憧れるような職人時代を作ることだ。

吉松氏のビジョンはさらに壮大だ。「この業界を『やらなきゃ』じゃなくて『やりたい』業界、働くことをゲームと同じように競技的な世界にしていきたい。そして日本のジャパンブランド、ジャパンスキルをもう一度世界を圧巻させたい」と語る。

市場環境も追い風だ。リフォーム、リノベーション、インフラ整備市場は拡大を続けているが、供給側である職人は減少傾向にある。この需給ギャップは、特に地方において「週休2日で年収1000万稼げる職業」としての可能性を秘めている。育成環境が整っていれば、若者にとって魅力的な選択肢になり得るのだ。

カシストが目指す未来は、職人技術の継承だけではない。業務の細分化や可視化を進めることで、企業経営の効率化や採用力の向上にも貢献している。「かっこよくて、稼げて、家族に誇れる」職人文化の復活は、日本のものづくりの未来を左右する重要な鍵となるだろう。

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