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古き良き建築を「共有」する新発想——名建築シェア kessaku の挑戦
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歴史ある建築物の多くが維持・管理の難しさから取り壊されていくなか、新たなアプローチで建築保全に挑むスタートアップが現れました。kessaku(ケッサク)は、建物の柔軟な所有の形を提案、所有権を小口化等、コミュニティで支える仕組みを形成したのです。
不動産とテクノロジーの知見を組み合わせた同社の取り組みは、日本の建築文化の未来をどのように変えるのでしょうか。共同創業者の藤井智大CEOに起業のきっかけやサービスの特徴、今後の展望などを聞きました。
きっかけは長野で目の当たりにした空き家問題
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藤井氏は、自動車のデザインからスタートし、体験デザインへとキャリアを広げてきたデザイナーとしてのバックグラウンドを持ちます。海外でリゾート開発に従事したのち、帰国して東京と長野で2拠点生活を開始。そんな中、長野で活用されていない古民家や別荘を目の当たりにし、空き家問題に興味を抱いたと語ります。
「長野で数百万円という破格で購入できるすてきな古民家を見つけました。しかし実際に購入を試みると、ローンの組みにくさなど、さまざまな課題に直面したんです」(藤井氏)
やがて、建設・不動産領域に特化したベンチャースタジオ「01Booster Studio」が展開するアクセラレータープログラムに参加。「名建築の新しい所有の形をつくる」というアイデアにたどり着き、藤井氏のデザイン経験とテクノロジーを組み合わせることで、歴史ある建築を守りながら、多くの人が楽しめる仕組みを創出しようと考え、2024年2月にkessakuが生まれました。
テクノロジーで「名建築」を守る
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歴史ある建物が取り壊されようとするとき、保存を訴える活動が起こることは少なくありません。しかし、その多くは資金面で行き詰まり、結局は取り壊しを防げないのが現状です。世界遺産に登録された建造物でさえ、入場料だけでは修繕費用を賄えないことも珍しくありません。
このジレンマを解決するため、kessakuは名建築の柔軟な所有の形を提案。権権の小口化など、コミュニティで支える仕組みを考案しました。kessakuの提供する共同オーナー制は、名建築を1口から最大365口の会員権という形で購入可能にすることで、所有のハードルを下げたのです。
会員は持分に応じて毎年の利用日数を決められます。自身で滞在するだけでなく、他人への貸し出し利益の一部を得ることも可能です。宿泊施設としての運用管理や清掃、設備の修繕といった面倒な実務はすべてkessakuが代行するため、会員は手軽に名建築を所有できます。
プラットフォームには専用のマイページが用意され、会員は所有する建物や口数を確認できます。利用予約や貸出の設定も、同じプラットフォーム上で完結。藤井氏が「ご自身で使う際は、3カ月前から予約いただけるほか、貸し出す際は、収益の一部が還元される」と説明するように、シンプルな仕組みづくりにもこだわっています。
2024年10月に第一号物件としてオーナー権の販売が開始された「kessaku Yakage」邸は、岡山県の歴史的な町並みに建つ由緒ある建築です。地域のシンボル的存在でありながら、これまで一般の人々が気軽に利用する機会のない邸宅でした。それが今、多くの人々によって支えられ、活用される場所へと生まれ変わろうとしています。
物件の選定にあたっては、単に古いだけでなく、建築としての価値や特色、地域における象徴性などを重視。藤井氏は「より残していく意義があり、かつ毎年泊まりたいと思える場所であることを基準にしています」と語ります。古い建物の価値を守りながら、しっかりと収益を生み出せる仕組みをつくり、持続可能な保全を目指します。
会社としては、建物を自社で購入するのではなく、所有者から委託を受ける形を取っています。そのため、地域の不動産業者や地元の人の協力を得ながら、保全する価値のある建物を見極めているそうです。「地域の方々は協力的に応援してくれる」(藤井氏)というkessakuの取り組みの意義は着実に理解されつつあるようです。
名建築の運営が地域活性化へ
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事業の立ち上げ初期、事前登録者の約8割は海外からの申し込みだったそうです。日本の伝統的な建築文化に魅了された外国人が、予想以上に多かったのです。しかし、実際の運営が始まってみると、国内からの参加者も着実に増え、現在は国内外でほぼ半々の構成となっています。
海外からの参加者の多くは、すでに日本への旅行経験が豊富な人々です。年に4回から6回ほど日本を訪れ、高級ホテルでの滞在はもちろん、地方の由緑ある旅館での宿泊経験も持っています。そんな日本通たちが、次のステップとして自ら建物を所有し、利用や運用に関わることに興味を示しているのです。
一方、国内の参加者は建築愛好家が中心です。その多くは物件から比較的近い地域に住んでおり、自身での利用を検討しています。
さらに特徴的なのは、クラウドファンディングなどの経験がある、いわば「新しいもの好き」な人が多いことです。藤井氏は「建築への関心と投資的な視点を併せ持つ方々が、kessakuのプラットフォームに可能性を見出してくださっている」と語りました。
実際の活用シーンも多様です。先日は、スウェーデンからの会員が瀬戸内地方を巡る旅の途中で物件に立ち寄りました。成田から入国し、各地を周遊しながら岡山へ。最後は東京に戻るという旅程だったそうです。従来の観光地だけでなく、これまで訪れる機会の少なかった地域にも、外国人旅行者の関心が広がりつつあります。藤井氏は次のように語ります。
「これまでの日本の観光は、東京や京都といった大都市、あるいは白川郷のような著名な観光地が中心でした。しかし現在は、そうした定番の場所を何度も訪れた経験を持つ旅行者たちが、新たな発見を求めています。日本各地には未だ知られていない魅力的な建築や風景が残されており、kessakuが運営する歴史的建造物を拠点に地域の魅力を再発見される、そんな新しい旅のスタイルが形成されつつあります。」(藤井氏)
新たな挑戦
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「よくある古民家リノベーションのようにはしたくなかった」。
藤井氏がそう語るように、kessakuの建築に対するアプローチには明確な哲学があります。モダンな要素を無理に取り入れるのではなく、建物が本来持っている価値を最大限に活かすことを重視しているのです。
第一号物件では、長年住まわれていた方が丁寧にメンテナンスを続けてきた痕跡が随所に残されています。「当時にタイムスリップできるような感じにしたい」という思いから、できる限り当時のものをそのまま活用することにこだわりました。増築部分については思い切った改修を行いましたが、建物本来の価値を持つ部分については、慎重に保存しています。
また、写真や映像による記録も、建築の価値を伝える重要な要素です。デザインのバックグラウンドを持つメンバーが中心となり、建物の持つ雰囲気や細部の魅力を丁寧に切り取っていきます。藤井氏が「建物を愛してくれる空気感が伝わってこそ、同じように愛してくれる人を惹きつけられる」と語るように、名建築に対する姿勢がその根底にあります。
こうした企業理念の背景には、日本特有の「新しいものへの信仰」に対する問題意識があります。新築や最新設備を重視する従来の価値観に対し、古いものの中にある価値を再発見する必要性を感じているのです。
実際、若い世代を中心に、価値観の変化も見られ始めています。
藤井氏は「キラキラした新しいものに憧れを抱いていた時代から、むしろ不便さや味わいを求める方向に変化している」と分析します。フィルムカメラで撮影されたアナログな写真を好む若者が増えているように、デジタル全盛の時代だからこそ、アナログな価値への関心が高まっているのかもしれません。
現状では資金的な理由から、建物の共同所有者は比較的年齢層の高い方が中心となっています。しかし、このような取り組みに共感を示すのは、むしろ若い世代が多いと言います。藤井氏は今後の展望として「現状は資金的な問題で、若者がメイン顧客ではありませんが、名建築の共同所有にワクワクする若い方たちは多いと考えています。将来的に、より幅広い世代の方々に利用していただけるサービスにしたいです」と語りました。
「一般的な不動産投資では、新築物件がその価値のピークとされ、築年数とともに価値は下がるとされています。しかし、名建築は時間が経てば経つほど、より貴重になる可能性を秘めています。名建築の保全を通じて、その土地ならではの文化や人々の価値観を守ることにも貢献していきたいです。」(藤井氏)
STUDIO 10Xが第2期参加者を募集中
kessaku藤井氏がプログラムに参加したベンチャースタジオ01Booster Studioでは、対象領域の大手6社とともに、これから起業したいとお考えの皆さんとともにスタートアップ創出を目指す6ヶ月間の集中支援プログラム「STUDIO 10X」を運営中です。建設・不動産・まちづくり・物流・環境領域で、事業を立ち上げるために必要な課題探索や仮説検証のサポートを受けたり、専門知識や専門人脈をご活用いただくことができます。
第2期のエントリー締切は2025年3月31日(月)です。プログラムについて、詳しくは以下サイトをご覧ください。
https://studio10x.01booster.co.jp/