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上場を果たしたメガベンチャーの軌跡と経験 —— freee、Sansan、経済産業省が語る成功の条件

上場を果たしたメガベンチャーは、これまでにどのような困難をどう乗り越えてきたのか?2024年12月に開催された「MUFG STARTUP SUMMIT」のオープニングセッションに、フリー株式会社CEO佐々木大輔氏とSansan株式会社 代表取締役社長 寺田親弘氏、経済産業省 大臣官房参事 中小企業基盤整備機構 創業・ベンチャー支援部長の石井芳明氏が登壇。「上場を果たしたメガベンチャーの軌跡と経験」と題して、起業のきっかけや現在に至るまでの振り返り、さらにはスケールを目指すスタートアップへのアドバイスや、ユニコーン100社を掲げる政府への提言なども語りました。

(モデレーター:株式会社ゼロワンブースター 代表取締役会長 鈴木規文)

開催にあたり、登壇者がそれぞれ以下のように自己紹介しました。

フリー株式会社CEO佐々木大輔氏

フリー株式会社CEO佐々木大輔氏は2012年に会社を設立し、スモールビジネスを主役にしたいという思いから、バックオフィス支援サービスを展開。経理業務向けの会計ソフトからスタートし、現在では人事労務や販売管理など、本格的なERPを提供。個人事業主や小規模法人向けのサービスから始まり、現在では数百名規模の企業にもサービスを提供。全国で50万以上の利用者を持つまでに成長していると語りました。

Sansan株式会社 代表取締役社長 寺田親弘氏

Sansan株式会社 代表取締役社長 寺田親弘氏は、2007年に創業し、約18年にわたり事業を展開。会社のミッションとして「出会いからイノベーションを生み出す」を掲げ、クラウド名刺管理サービスから事業をスタートしたといいます。現在では名刺管理にとどまらず、営業支援のデータベースとしても活用されていると語りました。近年はマルチプロダクト戦略を展開し、インボイス管理サービスのBill One、契約書データベースContract Oneなど、企業間の繋がりにまつわるデータのデジタル化を推進。また、神山まるごと高専の理事長も務めているとのことです。

中小企業基盤整備機構 創業・ベンチャー支援部長の石井芳明氏

中小企業基盤整備機構 創業・ベンチャー支援部長の石井芳明氏は、経済産業省で15年以上にわたりスタートアップ支援を担当。途中、内閣府への出向を経て、現在は中小企業基盤整備機構で現場の支援を行ってきました。スタートアップを社会課題を解決するプレイヤーとして位置づけ、政府の支援策を推進。2022年に策定されたスタートアップ育成5カ年計画では、人材・ネットワーク、資金供給、M&A支援、オープンイノベーションの推進を柱とした支援を実施していると語りました。

変革期を迎える日本のスタートアップ環境

「この10年でスタートアップへの投資額は10倍に増加し、100億円から1000億円規模になりました」と、経済産業省で15年以上スタートアップ支援を担当してきた石井氏は語ります。東京はスタートアップ都市ランキングでもランクインするようになり、大学発スタートアップの数も過去最高を記録しています。まさに、日本のスタートアップシーンは大きな転換期を迎えているのです。

その背景には、スタートアップに対する政府の積極的な支援があります。2022年に策定された「スタートアップ育成5カ年計画」では、人材・ネットワーク、資金供給、M&AなどのExit支援、そしてオープンイノベーションの推進を柱に、集中的な支援を実施しています。

なぜ、これほどまでにスタートアップへの期待が高まっているのでしょうか。その理由を石井氏は「社会課題を解決するプレイヤーとしての役割」と説明します。

「例えば、新型コロナワクチンを開発したビオンテックもスタートアップです。医療業界では医薬品開発の8割をスタートアップが担っています。また、震災時には、WOTAという水循環システムを持つスタートアップが真っ先に現地に赴いたりするなど、さまざまな課題解決を行っています」(石井氏)

実際、政府の支援策は、単なる経済成長の推進にとどまりません。「社会全体がイノベーションを起こし、経済を推進するには現在のプレイヤーだけでは不十分で、新しいプレイヤーが必要だという認識が広まってきた」と石井氏は指摘します。その認識の変化こそが、日本のスタートアップ環境を大きく変えつつあるのです。

メガベンチャーを生む、起業家の原体験

起業家への道のりは、人それぞれです。freeeの佐々木氏は「起業自体は1年前まで考えていませんでした。むしろ起業は変わった人がすることだという印象を持っていました」と語りました。しかし、振り返ってみると起業との縁は意外に深かったといいます。「学生時代にスタートアップでインターンをしていました。私は単にデータ分析がしたくて働いていただけでしたが、当時は起業家志望の人がスタートアップにいましたね」と語る、佐々木氏に転機が訪れたのは、Google時代の同僚との出会いでした。

「Googleの本社で一緒に働いていた韓国人の同僚がいて、その人の前職を聞いたら“自分で会社を立ち上げてベンチャーキャピタルから100億円を集めたんだけど失敗しちゃったんだよね。でも超いい経験だったよ”と言うんです。そこで“なるほど、そういうキャリアもあるんだ”と思いました。」(佐々木氏)

一方、Sansanの寺田氏は「昔から決めていました」と、幼少期からの明確な志について、「親が自分の会社の社長をしていたので、仕事とはそういうものだと思っていました。小学生の頃に戦国時代の本を読んで、みんなが天下を競っているそのシステムに魅力を感じ、現代において会社を作って社会にインパクトを与えることを考えるようになりました」と語ります。

「起業家を見ていると、親が事業家だったケースが意外と多いんです。ファミリービジネスから多く輩出されています。原体験が重要なんですね」と鈴木氏。現在、次世代の起業家育成にも力を入れている寺田氏は、以下のように語りました。

「神山まるごと高専では起業家育成を行っていますが、環境を作っていく中で“これが当たり前なんだ”と思えば、みんな一つのキャリアとして普通に捉えるようになってきています。どんどんそうなっていけばいいなと思います」(寺田氏)

ここで鈴木氏は、「お二人は数千億円の時価総額をつけたメガベンチャーを育てられました。最初のところでメガベンチャーを創るぞという意志を持って進められたのでしょうか、結果としてそうなるのでしょうか」と問いかけました。

佐々木氏はGoogle時代の経験をもとに、大きな目標を掲げることの重要性を感じたと言います。また、freeeの目標について、「少なくとも日本を全部変えるくらいの目標を掲げなければいけない。せっかく始めるのであれば半年で資金調達をして実行しよう、逆に2年間資金調達ができなければ諦めようと思っていました」と振り返りました。

「日本には一度ビジネスを始めたら一生続けなければいけないという考えがありますが、それは世の中のイノベーションを阻害していると思っています。合っていないと思ったら早めに辞めた方が良いと考えています」(佐々木氏)

寺田氏は、意志を持って進めるのか、結果としてなるのかという問いに対して、「両方あると思います」と答えました。起業する際は事業がうまくいかずゼロに戻ってしまうことも想定しつつ、目標は非常に大きく描き、世界を変えてやるという気持ちで始めるといいます。

「ゼロに戻る可能性と比べると、それなりに売り上げも上がって、こうしてお話する機会も増えています。そういう意味では成功していると言えるのかもしれませんが、冷静にさらに上を見ると、まだまだ小さいと感じます。それが今の自分を動かしている原動力にもなっています。」(寺田氏)

また、寺田氏は、「名刺交換は日本だけでも年間10億回以上行われていて、当時は世界でも相当な数の名刺が交換されていました。それは人と人との出会いを表しているのに、そのデータが全く活用されていない。これを何とかできれば素晴らしいのではないか」と、具体的な社会課題への着目について語りました。

メガベンチャーを目指す時点で、世界的な影響力を目指すことは非常に重要です。独自の世界観を持ち、高いゴール地点を目指すという志向性を持った背景として、佐々木氏と寺田氏に共通するのは、家族に事業を興していた人がいたことです。では、こうした起業家を増やすために、どのようなことが必要なのでしょうか。

この質問に石井氏は行政の視点から、1つめに起業家教育で裾野を広げること、2つめに大きく伸びるスタートアップや視点を高く持つ経営者を増やすこと、3つめに世界へ出ていく起業家を後押しすることの重要性を語りました。

「とんがったことを認めて応援する。それからうまくいかない場合もそれを許容する、そういう雰囲気を作っていく必要があります。」(石井氏)

誰も信じてくれない時代に賭けた18時間 —— 創業期の苦闘と確信

しかし、大きな志を持つことと、その実現への道のりは別物です。特に、これまでにない新しい価値を創造しようとする場合、その過程には想像を超える困難が待ち受けています。freeeもSansanも、既存の概念を覆す新しいサービスを提供しようとしていました。その中で最も苦労したポイントはどういったところだったのでしょうか。

freeeの佐々木氏は、「最初の1年間は、ほぼ外出せずにコーディングを続けていました。“これは使われるのだろうか”と思いながら、会計事務所さんに“こういうものを作っているのですが、どうでしょうか”と相談に行くと、“正直、会計ソフトが一つ増えたら面倒で困る。やめてください”と言われました」と創業期を振り返ります。しかし、そんな逆風の中でも大きな目標を見失うことはありませんでした。

「会計ソフトという最も保守的な部分で、テクノロジーを活用して全く異なるものができるはずです。その上で企業と企業が取引をするような、新しいプラットフォームを作れるのではないか。そういう強い思いを持ち続けながら、使われるかどうか分からないけれど18時間くらい開発を続けていました」(佐々木氏)

「その努力は報われたのですね」と鈴木氏が問いかけると、佐々木氏は頷きます。

「実際にリリースすると、最初にかなり注目していただき、一気にユーザーが増えて1日で何千人という方に利用していただきました。そのときはほっとして、“これはいけるかもしれない”と感じました」(佐々木氏)

一方、Sansanの寺田氏も「この手の質問は実は苦手でして」と前置きしながら、創業期の苦労を語り始めます。営業先で「名刺の印刷屋さんだと思っていた」と言われたことなどを振り返りつつ、「しかし、そういった困難を乗り越えて、今は何の苦労もないかと言われると、やはり大変です」と寺田氏はいいます。

「それは一瞬一瞬の課題として捉えています。例えば現在の規模においても、さらなる成長への期待や市場からの要求など、様々な課題があります。15年、16年前にやっていた時と今では注目される数字の桁は違いますが、本質的にはあまり変わっていない気がします」(寺田氏)

「お二人とも、つらさをつらいと思っていないということですね。楽しいと捉えているわけです」と鈴木氏が指摘すると、佐々木氏は「5年前くらいから“もっとボリュームを拡大できるはずだ”という思いが出てきました。使ってくれているユーザーさんもたくさんいて、様々なフィードバックがオポチュニティになっていきました。今ではそういったフィードバックを受けることが楽しみになっています。それは何か新しいものが作られていくプロセスだと感じています」と応じます。

「これくらいやらないとメガベンチャーにはなれない」と鈴木氏が締めくくると、寺田氏は「そういう向き合うべき課題があること自体が幸せだと感じており、楽しんでいます」と語りました。

"世界基準"との出会いが転機に ——変わる支援環境

「お二人ともさまざまな世界観を作り上げることに成功されましたが、上場に向けたステップは初めての経験だったと思います。そこでのノウハウがない中で、どのような支援体制があって上場にたどり着けたのでしょうか」と鈴木氏が問いかけます。

「調達環境とほぼイコールかもしれません」と切り出したSansanの寺田氏は、「2007年頃は“黒字でなければ調達できない”と言われました。当時は“黒字だから調達したい”という意味が分からないと思いました。赤字だから調達したいのに、と考えていました」と創業当時を振り返りました。SaaSビジネスの価値を理解してもらうことも困難だったとのこと。

「私たちはSaaSビジネスを展開しているので、解約率とライフタイムバリューは当然の指標だと考えていました。しかし、“毎月10万円の収益があって解約率が1%なら、将来1000万円の売上になりますよね”という話をしても、理解されず投資を得られない環境でした」(寺田氏)

freeeの佐々木氏も、同様の経験を以下のように語りました。

「当初、国内のベンチャーキャピタルの皆さんから“これでは勝てないですよね。どうやって変わるのですか”と言われました。しかし、世界中がすでにクラウドに移行している中で、海外のVCと話を始めました。DCMとの対話が始まり、“そうだね、世界は全部変わっているから、これは絶対成功するよね”という話になり、すぐにシード投資を受けることができました」(佐々木氏)

聞き手を務めた、株式会社ゼロワンブースター 代表取締役会長 鈴木規文

「お二人とも共通してVCとタッグを組んで育て上げられていますね」と鈴木氏が指摘すると、佐々木氏は続けます。

「そのときから常に世界の目線で考えようという姿勢を持つことができ、DCMとも多くの議論を重ねました。日本企業をベンチマークするのではなく、海外の企業がこれだけの調達をしてこういう展開をしているのだから、それを目指そうという話で常に励まされました」(佐々木氏)

寺田氏も2013年に大きな決断をします。

「2012-13年頃に上場という選択肢もありましたが、調達環境が変化してくることが予測できたため、2013年から方針を切り替えて、そこから100億円規模の調達を実現しました」(寺田氏)

「相当10年前と比べてファイナンス環境が変わっているということですね」という鈴木氏の言葉に、中小機構の石井氏も頷きました。

「グローバルに競争して勝っていくためには、日本のポテンシャルを活かさなければなりません。レイターステージでの大規模な資金調達が重要になってきます。日本のベンチャーキャピタルは増えてきましたが、レイターステージで数十億円後半から百億円規模のファイナンスができないと、グローバルな競争では苦戦してしまうという課題があります」(石井氏)

「海外からのプレイヤーを積極的に導入し、機関投資家の資金も導入していく。そういった取り組みができてくると、日本のスタートアップエコシステムはグローバルに戦えるようになるのではないか」と石井氏は展望を語ります。その中で、銀行はもちろんのこととしつつ、加えてベンチャーキャピタルについて非常に重要な存在になるであろう期待を寄せました。

「とりあえずやってみよう」——次世代起業家への熱いエール

ここで、「お二人にとってはIPOもまだ通過点ですし、今も通過点だと思いますが、これからの世界をどのような方向に目指されているのでしょうか」と鈴木氏が問いかけます。

佐々木氏は「まだ道半ばです」と率直に答えます。

「会計ソフトがあって、その上でビジネスを維持する取引をするようなプラットフォームになっていくという目標に対して、まだ1合目という段階です。会計ソフトは普及が進んだかもしれませんが、そこに向けては世の中の企業の10%程度しか浸透できていません。世の中を変えるまでには至っていない、というのが現状です」(佐々木氏)

寺田氏も同様に、さらなる高みを見据えています。

「私たちなりの世界観とアプローチで、インフラと呼ばれるような、認めていただけるレベルまで価値を高めていきたいと考えています。名刺管理サービスから始まり、請求書や契約書と一見バラバラに見えますが、これらは人と人の出会い、企業と企業の出会い、そして企業間の金銭的やり取り、事業としての契約といったことにアプローチしているつもりです。“Sansanがないとビジネスが回らない”と言っていただけるような存在を目指しています」(寺田氏)

日本からもっとメガベンチャーが生まれるように、仲間たちや応援者も含めて、メッセージをとの求めに、石井氏は以下のように力強く応じました。

「スタートアップや挑戦する人を称え、できれば自分も挑戦してみる。そういった行動する人が増えることが、イノベーションを進め、社会を良くすることにつながると考えています。政府も全力で応援していきます」(石井氏)

続いて寺田氏は、次世代の起業家たちへ向けて語りました。

「スタートアップという言葉を聞き始めてからずいぶん年月が経ちました。やりたいことやテーマについてよく議論されますが、本当に骨の髄まで染みついているような形でやりたいことやテーマを持っている人は本当に限られています。何でも決めてやってみるしかないというのが、私の考えです。スタートアップという文化を盛り上げるという意味では、やってみたいと思う人はとりあえずやってみればいいのではないでしょうか」(寺田氏)

佐々木氏も、自身の経験に基づいた示唆に富むメッセージを送ります。

「自分のやっていることがヒットして、10年間続けられる仕事に出会えたのは本当に良かったと思っています。それまでの人生は本当に辞めることばかりでした。これは非常に良かったと思います。皆さんも何となく続けているけれど、これを辞めて別のことをした方が良いのではないかと考えているなら、ぜひ新しいことに挑戦してください。世の中全体にもっと新しい挑戦が増えることを期待しています」(佐々木氏)

既存の枠組みにとらわれない挑戦。それを支える環境の整備。そして何より、「まずはやってみる」という行動の大切さ。三氏の言葉からは、日本のスタートアップエコシステムの未来への確かな希望が感じられました。

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