発展途上国の周産期における課題をAI解析で解決。spikerのグローバルへ向けた挑戦
「千葉市アクセラレーションプログラム(C-CAP:Chiba City Acceleration Program)」は、「事業の拡大や成長」を目指す千葉市内のスタートアップに対し、5カ月間の個別メンタリングや、業界知見を持つ支援者による課題解決講座などを短期間に集中して提供するプログラムです。千葉市が主催し、第3期は01Booster が運営を受託しました。
令和2年度にスタートしたC-CAPは令和4年度に3期目を開催し、これまでに1期から3社、2期から3社、3期から5社の通算で11社が採択・輩出されました。このインタビューでは、これらのスタートアップの経営者の皆さんをお招きし、C-CAPで得られたものや今後の展望などについてお話しいただきます。
今回インタビューしたのは、第3期で採択されたspikerの代表お二人です。spikerは、分娩監視装置で計測される胎児心拍数陣痛図のデータ解析AI及び中央監視ソフト「Alert-Monitor」の開発を行うスタートアップ。2023年7月20日にインクルージョン・ジャパン株式会社、株式会社DGインキュベーション等を引受先とする第三者割当増資を実施し、プレシリーズAラウンドにて8,300万円の資金調達完了したことを発表しました。今後、アフリカでの販売に向けた準備、AI研究、医療機器認証などを進めるという同社。グローバルな課題解決に挑む彼らのビジネスの始まりとは——
(聞き手:小林輝之氏|元01Booster/千葉市アクセラレーションプログラム第3期運営受託担当者)
spiker 共同代表 笠井綾子 氏
spiker 共同代表・医師 杉本大輔 氏
「新生児死亡率」という数値があります。妊婦の状態を細かくチェックし、必要に応じ医療を届けられる環境が整った日本の新生児死亡率は1000出生に対し1.9(2017年)と世界最低水準ですが、発展途上国の一つであるアフリカ・ルワンダの新生児死亡率は1000出生に対し32(2017年)と、その差は日本の約16倍に上ります。日本の約16倍、赤ちゃんが生きて大きくなれないわけです。
同じ地球上に生まれた命なのに、生まれた場所によって、健康に育つことができる子供もいれば、この素晴らしき世界をほとんど見ないまま亡くなってしまう子供もいる。その原因の一つは、ルワンダでは周産期医療(妊娠22週から出生後7日未満までに提供される医療)が不十分であることにありました。
Spiker は、東アフリカ(ケニア、ウガンダ、ルワンダなど)を拠点にコンサルティング事業を展開していた笠井綾子さんと、医師の杉本大輔さんが、2020年11月に千葉市内で設立されたスタートアップです。周産期医療で要となる、胎児の心拍数を測定する医療機器・CTGのグラフを読むのに慣れていない発展途上国の医療者のために、データ解析AIの開発に取り組んでいます。
創業のきっかけ
——Spiker を創業されたきっかけを教えてください。
笠井さん:spiker は3名の創業者で始めました。そのうちの一人である私はアフリカにいまして、アフリカの医療事情を知るがゆえに課題が大きいことに気がついたんです。もう一人の創業者は日本にいますが、日本で家族が死産を経験するという非常に悲しい体験をしました。
日本でも病院外ではお腹の中の赤ちゃんの状態が分かりません。極端な話、お腹の中で赤ちゃんが亡くなっていてもお母さんにははっきりとした赤ちゃんの状態は分からないんです。さらにアフリカを含めた途上国では、病院内ですらお腹の中の赤ちゃんの状態を知ることが難しい状況にあります。
先進国と途上国、どちらにおいてもお腹の赤ちゃんのことが分からないことが課題なのであれば、私たちのAIソリューションは世界に行けるんじゃないかと杉本が言ったことがきっかけで創業しました。それぞれ実体験として、女性陣は自分で出産を経験していますし、杉本は医師として周産期分野に自分の人生をかけて向き合う覚悟をしていました。それぞれの事情があって集まったわけです。
——spiker は、笠井さんと杉本さんの共同代表制ですね。どう役割分担されているんですか。
笠井さん:私は通算10年ぐらいアフリカにて、医療関係に限らず人材育成など多様な分野でいろんなプロジェクトに関わってきました。そのため、当社では地域軸はアフリカで、事業軸は全体のビジネス統括を担当しています。杉本は医師でもあるので、医療関係の監修と人材の手配、それから薬事の責任も担っています。また、杉本の拠点は日本なので、日本の事業を担当しています。
私と杉本は、慶應義塾大学MBAの同期です。卒業してから5年ぐらい経っていましたが、同期みんなが仲良くて、意見交換するうちにコロナ禍になりました。その時、私は生涯をかけてやるビジネスとして周産期医療が面白いなと思っていたところ、創業メンバーそれぞれの事情から周産期医療という分野に強い関心があったので、事業としてスタートすることにしました。
杉本さん:大学の同期は100人ぐらいいるんですけど、私たち創業者はみんな、仲がいい10人くらいのグループにいたんですね。お友達チームで始めたという見方もできます。でも、起業は卒業後5年経ってからでした。元々マーケティングをやっていた人がファイナンスの仕事をやっていたり、僕は法学部からコンサルに行って、その後辞めて医学部に行ったり。気づいたら大学院の同期が人材のプールみたいになっていたんです。そういう意味で、環境や友人に恵まれました。
発展途上国から始め、将来は日本への展開を目指す
——spiker さんは、胎児心拍データ解析AI の開発に取り組まれています。母親の体内にいる間から胎児の心拍数を測定し、その解析を支援する仕組みとのことですが、どんな特徴があるのでしょうか。
杉本さん:そもそも胎児の心音って、扱いが難しいんですよ。ドク、ドク、ドクって音を聞いて、その乱れに病的意義があることがあるわけです。でも、1回測定するだけで小一時間かかるし、クリニックに行って診察してとなると半日かかる。これはなかなかコストが大きい。
そして心音の乱れの理解も難しい。日本では助産師も診ますが、最終的にはやっぱり医師が判断します。しかし、アフリカでは医療従事者が人口比にして日本の10分の1しかいない。1,000人中1.3人しか医療従事者がいないんですよ。そうなってくるともう、普通分娩で生まれ出てくる赤ちゃんを救うのでいっぱいいっぱい。胎児の心音を聞いてこの子が元気かどうか、帝王切開しようかみたいな医学的判断をするマンパワーがどうしても不足している。全てを解決するわけではないのですが、そうした困難の大きい社会においてAIは非常に役立つわけです。
笠井さん:今ある製品はオンタイムで胎児心拍の解析をするAIで途上国向けのソフトウェアです。圧倒的な医療者不足が全ての途上国での課題です。人を十分な数まで増やすことができなくても安全性を高められるというのが一番のメリットですね。副次的な効果としては、医療スタッフみんなで一つのデータ画面を見ながら妊産婦さんの健康を管理していくので、医療従事者がワンチームで妊婦さんを観察する状態を作れる。チームアップに非常に貢献するソフトウェアとして現場にとても気に入られる製品だという評価を得ています。病院サービスの生産性が上がることで経営的インパクトが期待できるわけです。
将来的にはこのソフトウェアをポータブルなデバイスに植え込み、日本の妊婦さんにも使ってもらうことを想定しています。お母さんが家で「赤ちゃんは今日も大丈夫」と確認できると、安心して寝られたり、仕事に集中できたりする。そういうベネフィットを提供できるのかなと思っています。
杉本さん:私達のチームは当初ほぼ女性メンバーのみだったので、女性の女性による女性のためのツールとして何かできないか、という思いがずっとあったんです。例えば、日本では子供が生まれるまで妊婦健診が10回以上あるのですけど、それ全部が半日や下手すると1日仕事になるので、学校や仕事を休んで行かなくちゃいけない。しかも診察自体は10分で終了とか。これ何とかならないかね?みたいな素朴なところに出発点があったんですよね。ですからこのソフトウェアの設計理念は働いている女性をエンパワーすることにあります。加えて、胎児の心拍が取れて、AIと弊社の助産師に見てもらうことで、おうちにいながら「赤ちゃんが元気かわかる」という単純な喜びもあるし、もしかしたら現在の妊婦検診を代替できるかもしれない。私たちはそういった新しいところにチャレンジしようとしています。
東アフリカ地域から始めた理由
——東アフリカ地域で事業展開されているのはなぜですか。
笠井さん:(他のアフリカ地域でも)問題の大きさはあまり変わらないですね。ただ、こういったソフトウェアを活用するにはある程度の環境が必要です。インターネットもそうですし、人々のリテラシーや、それに対する対価を払えるかどうかという問題があります。
私たちはNGOではなく、あくまでもビジネスとしてサステナブルに社会問題を解決するためにやっている企業なので、ある程度条件が必要なことを考えると、元々、私がルワンダにいたために地の利があることと、東アフリカの中でケニアが最も経済的に成功している国なので、そこに近い方がいいだろうということで、東アフリカ地域からスタートしました。
杉本さん:ルワンダは内戦を経験した後、経済状況が安定していて、政府の汚職が少なくかつIT立国です。海外のビジネスの誘致は盛んですし、人口や首都のサイズ感もこじんまりしていて良く、またそれなりに医療システムが成立している。その割には周産期死亡率が高い。
技術を発展途上国から先進国に持っていくことをリバースイノベーションということがありますが、その戦略の基本は、先進国と似た環境下で、安い費用で簡単にチャレンジできることだと思います。この点私たちはルワンダをなかなかいいフィールドだと思ってます。
C-CAP への参加で得られたもの
——C-CAP に参加した目的、プログラム期間中に実施できたこと、spiker さんにとってインパクトがあった点を教えてください。
杉本さん:C-CAP に参加した目的の一つに、周りの起業家がどんなことを考えてどんなアクションをとっているかを知りたいなというのがありました。私たちはリモートで働いていることもあって、他の起業家には、どんなことをしている人たちがいるのかなというのは気になるところでした。
その点がC-CAPでとても満たされました。実際に医師や、医療系の起業家がいらっしゃっいましたし、もちろんそうでない方とも専門分野に対しての知見を交換できてとても良かったです。想像していた通り、他人から受ける刺激はとても大きいものでした。
また、さまざまなプログラムが用意されているところにも魅力を感じました。私たちが特に役立つと思ったのは広報・PRです。ちょうど資金調達しているステージだったので、VCの方にお話ししていただいたのがとても参考になりました。千葉日報に掲載されたことも、メリットが大きかったと思います。
笠井さん:企業のステージに応じて、プロの意見を活用した方がいいなと思います。弊社にはPRに関して、プロフェッショナルな経験がある人がいなかったので、非常に参考になりました。
Q&Aの時間を設けてもらえたのもすごく良かったなと思っています。講義だけだと、どうしても「本で読んだことあります」みたいな話に終始してしまい、自分たち自身のこととして捉えられません。そうした柔軟性が非常にありがたかったですね。
C-CAPをやっていて一番大きかったのは信頼を得られるところです。アクセラレーションプログラムに採択されたこと自体が人の信頼に繋がるんだということをすごく実感できました。
Spiker の今後
——spiker さんが目指す将来像を教えてください。
笠井さん:私たちが目指しているのは「世界中に元気な産声を」届けるというビジョンの実現です。
先進国では50年前から普及している医療機器がアフリカでは使えてすらいない。そのために赤ちゃんが亡くなっている。でも、そういう環境だからといって、死産を「今回は、仕方がなかった」と受け止められるかというと、決してそんなことはないんです。10人の子を産んでその内の3人が亡くなった方は、3人がいつどうして亡くなったかずっと覚えてるんですよね。やはりそれが両親の思いであり、母親の思いなんです。その思いに国境はないということを実感します。
他方、日本の医療は非常に素晴らしくて、周産期死亡率でいうと世界トップの低さをずっと保ち続けています。非常に素晴らしい医療が提供されている一方、自分ではお腹の赤ちゃんの存在や元気度を知ることができない。でも自宅で簡単に赤ちゃんが元気だと確認できたら、安心して穏やかに過ごしたり、仕事や家庭、やりたいことに打ち込めるはずで、たくさんの女性をエンパワーできると考えています。
世界中でビジョンの実現を成し遂げるために、ハイブリッドという形で、途上国と先進国の両方の特徴を生かしたいと思っています。先進国の資本力と技術力を途上国に生かし、途上国の環境に適応しようとして生まれる技術や工夫を先進国に持ってきて、安価で使いやすい製品をリリースしたいと思っています。
杉本さん:老若男女、収入の多寡、人種や国籍などに関わらず、みんなが幸せなお産をする権利があるだろうと僕は思っているんです。単純にこれを実現したいという崇高な目標がある。これを実現するために持っていた手持ちのカードが笠井や私で、それぞれちょっと癖があるわけですが、胎児心拍の解析AIに目を付けて手札をぴたっと活用し、ここまでうまくやってきました。このままプロダクトを世に出して、アフリカ、日本、世界中に幸せなお産を届けることができればと思っています。
——ありがとうございました。