新規事業提案制度の活性化は、トップダウン、ボトムダウン双方からの支援がカギ。TIS「Be a Mover」の事例から
不確実性が高いVUCAの時代に、ますます求められる企業内でのイノベーション。大きなレガシーを持つ大手企業においても、新規事業の立ち上げや、イントレプレナーを求める動きが活性化しています。
日本のITリーディングカンパニーとして、さまざまな産業・業種にデジタル技術を提供するTIS株式会社では、既存顧客との共創による新規事業やこれまで開発してきた領域の強みを生かしたITオファリング(システムをSaaSなどの形でサービス的に提供するもの)、さらに、飛び地の新規事業といった形で新規事業創出の取り組みがなされています。
参考:大手企業が社内起業を生み出すための組織戦略——TIS、サントリーHDの場合
全社員が対象の社内新規事業提案制度「Be a Mover(BaM)」が立ち上がったのは2021年のこと。2021年より01Boosterが支援をスタートし、イノベーションの創出にいっそう力を入れています。
今回は、本プログラムの運営に携わるTIS株式会社 ソーシャルイノベーション事業部 インキュベーションセンターの村上健太さんと石黒航季さんにお話を伺いました。大手企業が新規事業提案を活性化することの意義を改めて振り返りながら、社内での制度運用の実情を探ります。
自由な発想で
社内の「飛び地」となる事業を
TISの中から新規事業を生み出すことを目的として誕生したBaMは、社員が既存の事業や取引先さまにとらわれず、誰でも自由なアイデアで応募し、事業研修を受けることができる社内新規事業提案制度です。
その運営事務局として、村上さんと石黒さんのお二人は新規事業を創る上でのセミナーや研修などを開催したり、01Boosterによる起案者をサポートするメンタリングを提供するといったプログラムの運営を担っています。村上さん自身もかつて、社内新規事業提案制度を活用した経験があるとのこと。
村上さん:自由な発想で、社内における「飛び地」になるような事業を求めています。実際に集まってくるプランは本当に自由です。ますます多くの社員にこの制度にチャレンジしてもらえるよう、しっかり「型」を作って、毎年着実に運用していきたいと思っています。社内の認知度の向上や、イノベーションに意義を感じてもらう施策も含めて、課題はまだまだたくさんあります。
2019年、20年には、新たなサービスを創出できる人材の育成や風土づくりを目指す「教育」の部分に重きが置かれ、一部の事業部の社員限定の実施にとどまっていました。それが、2021年には実際の事業化に重きを置く制度へとシフトし、全社を巻き込んだ施策として発展を遂げています。
企業の垣根を超えた場所で
学びを得られる機会も
01Boosterはこの制度で、「BaM Dojo」と称した育成プログラムの提供や事業開発における高い経験値を持つメンターによるメンタリング、TIS社内でイノベーションの風土醸成や新規事業人材のコミュニティ形成を図るためのイベントの企画運営などをサポートしています。2023年度はメンタリングを受ける社員の数が増え、村上さんは、積極的に行動する傾向がだんだん強まってきていると感じたそう。
01Boosterの担当者の一人である岩本明希子は、一連の施策の中でTIS社員とコミュニケーションをとる中で、アサインする講師や、外部イベントのご案内など、その場で反応を見て工夫を凝らしたと振り返ります。
岩本:弊社会長の鈴木規文が「BaM Dojo」で、「皆さん、まずは30人に顧客インタビューしましょう」と喝を入れていたのですが、それを受けてすぐ若手の方々にスイッチが入って、熱量を持って行動されていましたよね。その熱量を、より高いレベルで事業のアウトプットに繋げられるよう、今年以降、私たちも一層力を入れたいと思っています。
新事業創出を加速するために社内起業家や事業創造関係者を集めたイベントやVCなどとの交流会、カンファレンスを定期的に開催して、事務局やBaM参加者の皆さんにご案内しておりますが、参加いただいたご感想などお伺いさせてください。
石黒さん:事務局の支援やメンタリング等の支援ももちろんですが、新規事業は社内に閉じずに広い社外を見に行かなくてはと思っています。社外のイノベーションに触れ、横のつながりがあることで多くの知見を得ることができました。我々事務局としても、他の新規事業提案制度を実施されている企業さんと交流でき、かなり参考になっています。こうした体験は、01Boosterさんにお願いしていたからこそ得られたものだったと思います。
社外のプロフェッショナルが
参入する意義とは
しかし、社内で新規事業を推進する活動には困難がつきもの。特に、大手企業では主業となる既存事業に注力するがゆえに、イノベーションを求める風土が根付くには時間がかかる傾向にあります。
BaMの運用にあたっては、社内で応募者数を増やすための周知活動から、応募後のメンタリング、セミナーなど、一連のアクションを通じて社員の起業家マインドの醸成を目指しており、そのプロセスの一つ一つに意味があります。
まず一番最初の段階である、応募者の裾野を広げる活動は大きなポイントです。最近は若手が多くエントリーしていることもあり、中堅・ベテラン層の関心をいかに集めるかなど、BaMの課題はまだまだ多いと村上さんと石黒さんは見ています。
石黒さん:担当になってからの一年で、社内メディアやオンラインコミュニティを活用し、それぞれの発信を分析して次の投稿に活かしていきました。また、最終審査会で応援コメントキャンペーンをやるなど、社員のモチベーションアップ施策も行いました。
村上さん:昨年度はどんな人でもチャレンジしてほしい、と社員を焚き付けるセミナーやイベントを開催しました。ただ、昨年の施策は一昨年の倍くらいの人が集まり大きな反響はあったのですが、実際の応募にはなかなか繋がらずで。今年は広げつつも、事務局が積極的に興味を持った人を新規事業に引っ張りこんでいく形にしたいなと思っています。
岩本:ぜひ挑戦者が集まるコミュニティを作っていきましょう!
村上さんはご自身で事業案を出されたことがあって、その後、事務局としてサポートする側になられましたが、運営面で意識なさっていることはありますでしょうか?
村上さん:新規事業をやっている人は、いい意味で熱意がすごく高くて、こだわりもすごく強いです。でも、実際に私もそうだったのですが、外から見て「そこはちょっと違うんじゃないかな」という部分があったりします。その時は「違う」と否定はせず、その方の意見を尊重しながら、次はここをちゃんと考えた方がいいですねとやらなくてはならないことをお伝えしていくようにしています。新規事業をやる上で、熱意やモチベーションは一番大事です。これから前に進むとさまざまな壁に当たりますので、まず入り口のところでは否定せずに応援するようにしていますね。
岩本:おっしゃる通り、プランが進むにつれてさまざまなクリアすべき課題が出てくると思います。こうしたインキュベーションプログラムにおいて、我々のような第三者が関わる意義はどのあたりにあるとお考えでしょうか?
村上さん:年次が若い方や、まだざっくりしたアイデアしかない時期に、私たち事務局が顧客や顧客が持つ課題について相談に乗ることができます。ただ、プランの検討が進んでくると業界の知識も必要になってきますので、01Boosterさんのような新規事業の専門家にメンタリングしていただくことで説得力が増しますし、社員も信頼感を持って進めていただいているように感じています。社外の方に参画していただける意義は大きいですね。
ただ、最近の参加者は若いがゆえにそのまま受け取ってしまったりするところがあるので、もっとビシビシやっていただければと思います(笑)
BaMに参加する社員は通常業務の30%の時間をその後のセミナーや勉強会に割いて良いことになっており、最終審査を通過したら100%兼務で事業化するという仕組み。その際には事業部間での人材の調整も必要になるため、既存事業の売り上げを重要視する事業部から理解を得るなどのコミュニケーションも事務局が担うことになります。
トップダウン、ボトムアップ、
両側からの支援を
社内で、本当の意味での「飛び地」となるような事業を生むためには、人事制度や出口戦略など検討を重ねていく必要があります。今後取り組みたいことについて、村上さんと石黒さんは以下のように語りました。
石黒さん:もっと飛び地の新規事業提案ができる会社にしていきたいですね。また、1回だけのチャレンジで終わらず、繰り返し応募してくれるリピーターを増やしたいと思います。コミュニティの最初の取り組みとして「Mover交流会」という、座談会形式でこれまでにBaMに参加してくれた人などを呼んだイベントを開催します。ここに参加してくださった方々をどんどん新規事業に引き込みたいと思っています。
村上さん:まだまだ道半ばで、事業部サイドとの連携や組織風土醸成はまだまだやっていかないといけないと思います。あと、まだBaMからの新規事業創出には至っておらず(※)、出口についての課題感はあります。今年度しっかり議論して、来年度以降に制度設計していきたいですね。
※新卒3年目にBaMエントリーした田口友美恵さんが共感AIチャットサービス「ふう」起案し、事業化に向けてPoCを行っている(2024年7月現在)。
参考:心の悩みに寄り添うAIチャット、TIS社員が生み出した新規事業「ふう」の誕生秘話
岩本:これまでBaMを経験してきた社員がアルムナイ(OG・OBのこと)として縦・横のサポートを行うことができるようにするなど、より実効性のある制度運用のためにできることはまだあると思っています。
これまでは応募者を募って制度を運用するという「入口」の設計がメインでしたが、今後は人事制度も含めて各事業部の理解をますます得ていくという「出口」の設計のほうを強化する必要がありそうです。トップダウンではなかなか社内には浸透しないですし、逆に、ボトムアップだけでは越えられない壁がある。それを両側から働きかけていくのは、インキュベーション、イノベーションを生業にしている弊社だからこそ、第三者としてできる部分なのかなと思います。
働くことの目的や、意義、モチベーションも異なる社員が集まる大手企業では、きめ細やかなコミュニケーションに合わせ、時に制度に関わる大胆な提案も必要になってきます。現状維持ではなくその先を目指して、TISと01Boosterの奮闘は続きます。
企業の経営戦略における、イノベーション戦略の位置付けは?
以下の記事では、企業の経営戦略におけるイノベーション戦略の位置付けや、それがどのように運用されているのかについて、TIS イノベーションセンター センター長の鈴木松雄さんにお話を伺いました。
併せてご一読ください。
TIS 鈴木松雄インキュベーションセンター長と語る、イノベーションを起こすためにミドルマネジメントが求められることは?