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仙台スタートアップ・エコシステムのすべて「震災からの再起」と「13年目の挑戦」仙台市・白川氏インタビュー

東日本大震災から14年。復興の加速と地域経済の活性化のために始まった仙台市のスタートアップ支援が、今、グローバル展開という新たなステージを迎えている。

8月23日に開催される市初のグローバルスタートアップイベント「DATERISE!2025」は、社会課題解決型とディープテック、2つの軸で成長してきた東北のスタートアップを世界に送り出す転換点となる。13年間連続でスタートアップ支援を担当してきた仙台市の白川裕也氏が語る、東北エコシステムの現在地とこれまで。

震災復興から

2025年8月23日、仙台市は初となるグローバルスタートアップイベント「DATERISE!2025」を開催する。震災復興から始まった13年間の取り組みが、ついに世界への挑戦というステージに到達した。

「2011年の東日本大震災以降、この東北ではたくさんの起業家が、地域のため、復興のため、という思いを持ってチャレンジをしてきました。東日本大震災が大きな転換点となって、私たち仙台市は、起業家を応援するエコシステムを様々な方の協力のもと作ってきました。次のステップとして、仙台・東北からグローバルに挑戦するスタートアップを増やしていきたいという思いがありまして、このイベントがそのきっかけになればという思いでイベントを企画しています」(白川氏)。

仙台市経済局イノベーション推進部スタートアップ支援課の白川氏は、2013年からスタートアップ支援を担当し続けている。行政職員として連続13年間同じ分野を担当するのは全国でも珍しいケースだと白川氏は語る。この取り組みにかける並々ならぬ思いが伝わってくる。

こうしたチャレンジへの追い風として、2025年6月に発表された内閣府の「第2期スタートアップ・エコシステム拠点都市」の選定がある。仙台市は2020年の第1期では「グローバル拠点都市」に次ぐ「推進拠点都市」だったが、今回は上位の「グローバル拠点都市」に格上げされた。しかも、東北6県を対象とする「広域都市圏型」として選定されている。

この13年間で、起業家やスタートアップを取り巻く環境は劇的に変化した。起業家支援を本格的に開始した2013年当時も仙台市の開業率は全国的にみても高い水準にあったが、世界に挑戦するというスタートアップはまだまだ少ない状況だった。

それが取り組みを重ねていく中で、仙台・東北から世界を目指すスタートアップが増え、今では全然恥ずかしくないレベルにまで環境が変化したと実感している。

環境変化は数字にも表れている。2017年から開始した仙台市のアクセラレーションプログラム「東北グロースアクセラレーター」では、これまでに約100名の起業家を支援してきた。プログラムを卒業したスタートアップの中には、海外に拠点を設けたり、海外の企業との商談獲得に成功する企業が出てきたりしている。

DATERISE!2025は、こうした13年間の積み重ねの結果として、東北から世界に羽ばたくスタートアップを本格的に支援する新たなフェーズの始まりを告げるイベントなのだ。

東北ならではの「2つの成長エンジン」

仙台・東北のスタートアップ・エコシステムには、他の地域にはない明確な特徴がある。仙台のエコシステムには2つの特徴があり、社会課題解決型とディープテックという2つの軸が挙げられる。

「仙台のエコシステムの特徴として二つあるのですが、一つが社会課題解決を目指す、いわゆるインパクトスタートアップと呼ばれる方たちが、特に東日本大震災以降増えてきていることです。東北の特徴として、解決しなければならない社会課題が多いことがあります。課題先進地域と言われていまして、日本の中でも特に社会課題が多く、そういったものをどうビジネスとして解決に向かっていくのかというチャレンジをしている方がたくさんいらっしゃいます」(白川氏)。

人口減少、高齢化、公共交通の維持、担い手不足など、日本の他の地域がこれから直面するであろう課題に、東北は既に向き合っている。この状況はチャンスでもあると捉えられている。東北でサステナブルなビジネスモデルを構築できれば、それは他の地域や世界にとっても有効な解決策になる可能性があるからだ。

「この社会課題の先進地域というのはチャンスでもあると考えています。これから他の地域が迎えるであろう社会課題に今東北がまさに直面していて、東北でサステナブルなビジネスモデルを作れれば、それは他の地域にとっても、これから来る未来に対して手を打てるんじゃないかと考えています。そうしたとても大きなチャレンジですが、ロールモデルを世界にどんどん発信していきたい」(白川氏)。

第二の特徴は、大学発のディープテックスタートアップの存在だ。2024年に「国際卓越研究大学」に認定された東北大学を中心として、大学の技術を活用したスタートアップが多数生まれている。

これらのディープテックスタートアップの特徴は、最初から世界市場を視野に入れていることだ。彼らが目指しているのは日本だけでなく世界にビジネスを広げることで、特に大きな企業を作る際には日本国内だけでは成長に限界があるため、早い段階で世界に挑戦する必要があるという。

そして、このような企業群を支援するためには、グローバル展開の支援が不可欠だった。

東北のディープテックスタートアップの競争力をさらに押し上げる要因として、2024年に稼働開始した3GeV高輝度放射光施設「ナノテラス」がある。この施設は、仙台駅から地下鉄で15分という好立地にある国内最先端の研究設備だ。

ナノテラスは、東北大学がもともと強みとしていたマテリアル、食品、バイオ分野の研究をさらに高度化する。研究のクオリティが高まり、スタートアップ創出や地域の研究開発力向上につながると期待されている。

興味深いのは、仙台市がナノテラスの利用促進に積極的に取り組んでいることだ。「トライアルユース」として、利用にかかる経費の一部を市が負担して、多種多様な測定事例を創出し、地域企業の積極的な利用につなげる取り組みを実施している。

既に食品企業や素材メーカーなどが実際に利用し、新たな可能性を発見するケースが生まれている。

この2つの成長エンジンが相乗効果を生み出すことで、東北のスタートアップ・エコシステムは独自の競争力を構築している。DATERISE!2025は、こうした東北ならではの強みを世界に向けて発信する絶好の機会となる。

「DATERISE!2025」の仕掛けと狙い

DATERISE!2025 登壇者一覧 ※2025年7月1日時点

DATERISE!2025は、仙台市として初めて「グローバル」をテーマに掲げたスタートアップイベントだ。ウェスティンホテル仙台とアーバンネット仙台中央ビル YUINOS の2会場で開催される1日のイベントには、多彩なプログラムが詰め込まれている。

イベントの目玉となるのが「DATERISE! PITCH CONTEST」だ。海外進出を目指すスタートアップを対象としたこのピッチコンテストでは、優勝企業に対してシンガポールへの進出支援を提供する。

優勝者には海外で実際にチャレンジする機会を提供していく予定だ。単なる賞金や賞品ではなく、実際の海外展開機会を提供することで、東北のスタートアップの世界進出を具体的に後押しする狙いがある。

そしてDATERISE!2025の独特な取り組みが「縁日 ENNICHI」だ。夏祭りの縁日をモチーフにしたこの企画では、スタートアップが出店し、来場者が実際にプロダクトに触れたり体験したり、場合によっては食べたり飲んだりできる。

この企画のターゲットは市民、特に子どもたちだ。スタートアップの人たちがどんなものを作っていて、市民の生活がどう変わるのか、暮らしの中にどう活かされているのかということをもっと体験してほしいという想いがあった。

「スタートアップって何なんだと、なかなか馴染みがないという方も結構多くいらっしゃるなと感じていまして、そういった人たちに体験していただきたいと思ってます。特にイベントの開催が8月なので、夏休みの期間中になりますので、多くの子どもたちにもENNICHIに来ていただいて、スタートアップのことを知ってもらい、将来の選択肢の一つになっていけばと考えています」(白川氏)。

DATERISE!2025の前日にあたる8月22日には、「スタートアップワールドカップ東北予選」が初めて仙台で開催される。東北予選の優勝者は10月に米国・サンフランシスコで開催される世界決勝大会に参加し、優勝投資賞金100万米ドル(約1億5000万円)をかけて競うことになる。

2日間連続でのイベント開催により、東北のスタートアップにとって世界への道筋がより具体的に見えてくる構成となっている。

イベントでは25歳以下を対象とした「アイデア創出ワークショップ」も開催予定だ。起業に興味があるけれど何をしていいかわからない、アイデアをどう形にしたらいいかわからないという若者向けのプログラムで、次世代の起業家育成にも配慮している。

1日でやるには内容が「かなり濃い」プログラムだが、多様なステークホルダーがそれぞれに価値を見いだせるプログラム構成を意図している。

ピッチコンテストで競うスタートアップから、支援を検討する投資家・企業、そして将来起業を考える学生まで、幅広い層が一堂に会する場として設計されているのがDATERISE!2025の特徴だ。

仙台発エコシステムの独自性と原体験

仙台市のスタートアップ支援には、行政の枠を超えた独特な哲学がある。東北6県全体をターゲットとする広域展開の背景には、白川氏個人の原体験がある。

「仙台市は東北で唯一の政令市なんです。震災があって仙台市も大きな被害がありましたが、仙台市以外の地域がさらに大きな被害を、特に津波や原発事故で受けていて、そういった時に仙台市は大都市で人も金もモノも情報も集積するという中で、被災地を応援する役割が私たちにはにあるだろうと。そういった思いや背景があり、仙台市がスタートアップ支援や社会起業家支援を始めた時点から、仙台市の事業というのは東北全体を対象として全て含んでやっていたんです」(白川氏)。

市役所入職を考えていた当時の市長の「仙台は東北の経済を牽引する役割がある」という話を聞いて共感し、東北の中枢都市として地域経済の活性化や課題解決に貢献したいという思いを抱いていた白川氏にとって、東日本大震災はその使命感をさらに強める出来事となった。当時から仙台市の事業は市域を超えて展開していたという。

東北全体を対象とするもう一つの理由もある。スタートアップ支援を始めた当時、各県や各自治体ではスタートアップ支援の優先順位が低く、地域に根差した事業を立ち上げる起業家支援を始める段階だった。

仙台市だけに支援を限定すると他地域のスタートアップが支援を受けられずに事業を諦めたり、東京に流出してしまう危機感があった。

各県内でスタートアップが1〜2社程度では十分なコミュニティを形成できないが、東北6県で集めれば20〜30社規模のコミュニティになる。

プログラム終了後もこうした企業同士がつながり続けることで、エコシステムとしてより強固なものになると考えた。この発想が、東北広域でのエコシステム構築につながっている。

そしてその中核となるのが2024年3月に開設された仙台スタートアップスタジオだ。

仙台スタートアップスタジオの誕生には、長年の課題解決への思いがあった。2013年からスタートアップ支援を本格化させて以降、スタートアップや支援者が集積する拠点がないことが課題として認識されていた。

既存のコワーキングスペースや会議室を借りてプログラムやイベントを開催しても、イベントやプログラムが終わると熱量が散ってしまう状況が続いていた。

転機となったのは2020年、NTTグループからビル再開発プロジェクトの相談を仙台市が受けたことだった。

仙台市が都心部の活性化を推進する「せんだい都心再構築プロジェクト」を開始し、NTTグループと仙台市が「次世代放射光施設の産業利用の促進」「スタートアップ拠点形成」「新たな街の回遊促進」を目指す連携協定を締結し、スタートアップ支援拠点を一緒に作ることになった。約4年の準備期間を経て、アーバンネット仙台中央ビル内に仙台スタートアップスタジオがオープンした。

仙台のエコシステムのもう一つの特徴は、ステークホルダー間の「圧倒的な近さ」だ。特に大学と行政の連携について、他都市の関係者からも驚かれるという。

大学で学生や研究者が何か事業に取り組みたいと考えた際には、大学だけでなく市も一緒にプログラムを実施することがある。逆に、大学内で事業を立ち上げたい研究者がいれば、市がスタートアップスタジオなどのプログラムで継続的な支援を行うという相互補完の関係ができている。

この「近さ」は地域性にも起因している。東北の人たちはとっつきにくいという印象があるかもしれないが、しっかり付き合い始めると非常におせっかいで、どんどん関わってくる傾向がある。

さらに、東京との90分という地理的優位性も活用している。東京は日本で一番スタートアップ・エコシステムが発達した地域で、仙台・東北の出身者もたくさんいて、何か仙台・東北を応援したいという思いのある方も多い。

そうしたゆかりのある方にも協力をいただいて、連携したエコシステムを作るという戦略で、地域に閉じないエコシステムを構築している。

世界とつながる次のステージへ

グローバル拠点都市への格上げを受けて、仙台・東北のスタートアップ・エコシステムは新たな段階に入ろうとしている。これまでの13年間で築き上げた基盤を活かし、真の意味で世界とつながるエコシステムの構築を目指している。

新たな戦略として、仙台・東北でチャレンジをする外国人や海外のスタートアップをもっと呼び込んで、地域の課題やニーズ、地域企業とのマッチングを図っていく。アウトバウンドだけでなく、スタートアップする人もインバウンドできるような環境を目指していく。

「2013年の立ち上げから担当していて、連続で13年やってる行政職員はほぼいないのではと思います。だんだんと取り組みを重ねてくる中で、グローバル・スタートアップ都市・仙台を目指すということが全然恥ずかしくないレベルになってきたと思ってますし、実際海外に挑戦するスタートアップも増えてきて、徐々にステージが上がってきてるという感覚があります」(白川氏)。

もちろん課題もある。成長した起業家たちが定着するための場や、そうした人たちを応援するためのコミュニティはまだまだこれから発展させていかないといけない。

成長したスタートアップの関係者がどこに集まり、どこで事業の悩みをシェアし合いながら、さらなる成長を遂げていくのかという次の展開を考える必要がある段階に来ている。

「仙台・東北にどんなスタートアップがいて、どんな思いで、どんなチャレンジをしていて、どういったものを作っていて、また、その周りにどんなスタートアップを支援する人たちがいるのかというところに、少しでも興味のある方がいらっしゃれば、ぜひ現地に来ていただきたいと思います」(白川氏)。

震災復興から始まった仙台・東北のスタートアップ・エコシステムは、確実に成長を遂げている。DATERISE!2025は、その成果を世界に向けて発信し、次のステージへの飛躍を図る重要な転換点となる。東北の情熱が、世界を動かす原動力になる日はそう遠くないかもしれない。

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