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Unlocking the Japan Market——シンガポールのスタートアップが東京を目指す理由

東京都は3月6日、シンガポールの One&Co で「Unlocking the Japan Market」を開催した。起業家・投資家・大企業関係者を集め、日本市場への参入から定着、そして上場に至るまでの道筋を具体的に議論するイベントだ。浮かび上がったのは、「日本市場は参入障壁が高い。しかしその壁を越えた先にある果実は、他のアジア市場にはない厚みを持っている」という共通認識だった。

前半の Panel 1「When Open Innovation Becomes Partnership」には、東洋製罐グループホールディングスの一色淳憲氏、SWAT Mobility 共同創業者の Arthur Chua 氏、MOL Plus の Alvin Seng 氏、JETRO シンガポールの Khoo Kiewai 氏が登壇し、01Booster の川島健氏がモデレーターを務めた。

後半の Panel 2「From Landing to Belonging」では、Intellect 共同創業者の Theodoric Chew 氏、三菱 UFJ 信託銀行の髙橋惇氏、Insignia Venture Partners の Allen Chng 氏が登壇し、東京証券取引所シンガポール代表の吉松和彦氏がモデレーターを務めた。パネル間には 東京証券取引所 の後藤潤一郎氏と東京都の橋場清子氏によるセッションも設けられた。

なぜ今、日本なのか。

日本市場の魅力を最も端的に語ったのは、AI フリートオーケストレーションを手がける SWAT Mobility 共同創業者の Arthur Chua 氏だ。

同氏は3つの理由を挙げる。人口減少と物流2024年問題というプロダクトマーケットフィット、高い労働コストがもたらす SaaS の高マージン構造、そして一度信頼を勝ち取れば長期的な関係が築ける日本企業の特性である。

「日本市場は複雑でユニークなワークフローが求められる。だからこそ、一度入り込めば参入障壁そのものが競争優位になる」(Chua 氏)。

この認識は登壇者に共通している。東京証券取引所の後藤潤一郎氏が示した数字がそれを裏付ける。時価総額7.6兆ドル、年間売買代金は世界有数の規模だと後藤氏は説明した。

また、海外投資家が売買代金の約6割を占める流動性。グロース市場の流動性はアジアの他の新興市場と比較しても高い水準にあると後藤氏は強調した。

入口をつくる
——大企業との協業という突破口

では、その壁をどう越えるのか。前半の Panel 1「When Open Innovation Becomes Partnership」で繰り返し語られたのは、日本の大企業がシンガポールに張り出してきているという現実だ。

東洋製罐グループホールディングスの一色淳憲氏は、2019年にシンガポールで事業開発拠点を立ち上げ、フードテック領域で Shiok Meats(現 Umami Bioworks)、Umitron、Seadlingなど複数のスタートアップに出資してきた経緯を語った。2024年11月には Nurasa FTIC(Nurasa Food tech Innovation Center)内にパイロットスケールの R&D 施設を開設。単なる出資にとどまらず、POC を通じた共同開発に踏み込んでいる。

商船三井の CVC である MOL Plus の Alvin Seng 氏は、シンガポール発の電動ホバークラフトスタートアップ Pyxisとの協業を例に挙げた。シンガポールで実証した技術を日本の港湾・水上交通へ展開する構想だ。

「シンガポールは東南アジアへのローンチパッドであると同時に、日本へのイノベーション逆輸入の起点にもなっている」(Seng 氏)。

モデレーターを務めた 01Booster の川島健氏は、日本の VC 市場で LP 資金の約半分が大企業由来である点を指摘。日本のオープンイノベーションは CVC を介して実質的にスタートアップのアジア展開を後押しする構造になっており、シンガポールのスタートアップにとっては「パートナーとして組むこと自体が市場参入の切符になる」という構図が見えてきた。

根を張る
——信頼構築という長いゲーム

後半の Panel 2「From Landing to Belonging」のテーマは、参入後にどう定着するかだ。

パネル間に設けられた情報セッションでは、東京証券取引所の後藤潤一郎氏が日本株式市場の強さを数字で示した。同氏は東証 アジア スタートアップ ハブの取り組みとして、シンガポールから複数社を選定しており、SWAT Mobility と Intellect が今回のプログラムに参加している。

東京都の橋場清子氏は、世界5か所に設置されたアクセスデスク(シンガポール含む)やコンサルティングデスクなど各種支援窓口を紹介。都や民間企業の支援プログラムをまとめたレポートを公開したほか、Tokyo Innovation Base が東京のスタートアップエコシステムを結ぶノードとして機能している点にも触れた。

メンタルヘルス B2B の Intellect 共同創業者 Theodoric Chew 氏は、3年前の日本参入を振り返り、「正しい投資家を見つけることが最初の一歩だった」と語った。戦略的投資家を通じてパートナーを紹介され、そこから顧客企業へとつながる。地道だが、日本ではこの積み重ねが不可欠だという。

「ローカルチームを早期に立ち上げ、長いゲームをプレイする覚悟がいる。信頼の構築には時間がかかるが、一度築ければ市場は大きく開ける」(Chew 氏)。

一方、三菱 UFJ 信託銀行の髙橋惇氏が示したのは、定着のさらに先にある「上場」という選択肢だ。同行は JDR(日本預託証券)を活用した外国企業の 東京証券取引所上場支援を手がけており、本社の登記地を変更せずに上場できる仕組みを提供している。

2024年12月時点で 東京証券取引所への IPO に関心を示す企業は170社、うちシンガポール企業が32社で最大だ。そんな髙橋氏が強調したキーワードは「Japanese flavor」だった。

「日本に事業拠点やパートナー、日本人投資家がいること。それが上場審査の関係者を説得する力になる」(髙橋氏)。

事業提携と資金調達は切り離せない——日本での事業基盤そのものが、上場ストーリーの根幹になる。

これに Insignia Venture Partners の Allen Chng 氏が加えたのは、人材という視点だ。「クロスボーダーの協業には、両市場を理解するブリッジビルダーが必要」。同社は日本の大企業の CVC チームが東南アジア市場を学ぶ Insignia Ventures Academy を運営しており、双方向の人材開発こそがエコシステム接続の基盤になると説く。

進出先から成長基盤へ

吉松和彦氏はパネルの締めくくりで、日本の大手金融機関がアジアのスタートアップに今後10年で1兆円規模を投じる計画があることに触れた。東京に拠点を置く約4,000社の上場企業がアジアとの事業協業を模索するなか、シンガポールのスタートアップにとって日本は「遠い大市場」から「手の届く成長基盤」へと変わりつつある。
今回のイベントは、その転換点を可視化する場だった。

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