
女性起業家の参画で期待される多様な視点——東京都女性ベンチャー成長促進事業「APT Women」第9期ピッチイベント

東京都が主催する女性起業家支援プログラム「APT Women」の第9期ピッチイベントが2025年2月19日、東京都千代田区のTokyo Innovation Baseで開催されました。
障害児向けAIサポート、フェムテック、スポーツテック、発酵技術など多彩な分野で挑戦する9社の女性起業家が登壇し、投資家や事業会社関係者に向けて自社の事業やビジョンを発表しました。本記事では、多様な社会課題に挑む女性起業家たちの革新的なビジネスモデルと熱意あふれるピッチをレポートします。
APT Womenとは
東京都女性ベンチャー成長促進事業「APT Women」(Acceleration Program in Tokyo for Women)は、東京都が女性起業家に対して経営やスケールアップに必要な知識とスキルを提供するプログラムです。起業や経営者としての成長を目指す女性たちが同じ志を持つ仲間や支援者と出会い、連携するための場と機会を創出することを目的としています。
プログラムは年間を通じて実施され、5月からの育成講座に始まり、7月から8月の受講生募集選抜を経て、9月に採択された40名の女性起業家が国内プログラムに参加します。その後、さらに選抜された女性起業家たちをシンガポールやニューヨーク等に派遣し、海外進出の足掛かりを掴んでいただくことを目指します。
第9期のAPT Womenでは、AI・フェムテック・終活をはじめ、教育格差や離婚率上昇などの社会課題解決に挑戦する女性起業家、また地方創生・ペット・ヘルスケア・ライフスタイル・出産育児など幅広い分野の起業家が参加しました。第1期から第8期までの成果実績としては、これまでに資金調達198億円以上、大手企業との連携743件以上、そしてメディア掲載は5800件以上に上っています。
障害児向けAIプラットフォーム(With U CEO 温てい氏)

温氏は自身の子どもがダウン症として生まれた経験から事業を立ち上げました。既存の支援の仕組みが健常児を前提としたソリューションばかりで、我が子には適用できないことに気づいたことが原点です。世界に約2億人いる障害児のために「自宅に支援を届ける初のAIプラットフォーム」を開発しました。
このプラットフォームでは、保護者が子どもの発達面を日常シーンからトラッキングし、発達要素間の関連性を把握できます。日々の育児シーンを動画で撮影・解析し、発達に必要なインサイトを生成して共有する仕組みです。マルチモーダルAIの適用により精度を高め、子どものパーソナライズされたソリューションを提供します。現在、記録ツールとしての開発を完了し、一部AIの適用も始まっています。
妊活・不妊治療支援サービス(exmore 根来杏奈氏)

根来氏は不妊治療と仕事の両立の難しさによる経済損失が日本では年間3000億円(労働人口換算で65万人)に上ることに着目しました。不妊治療が仕事に影響する理由として、突発的な通院、職場への開示のしづらさ、先の見えない治療などがあります。
日本企業の現状では不妊治療の支援制度がある企業はわずか19%である一方、アメリカでは2024年には42%に増加しており、グローバルでは不妊治療の福利厚生が企業の競争力の一つになっています。同社はAIによるパーソナライズ、専門家へのチャット相談、パートナーと進める機能など、働きながらの妊活・不妊治療をサポートするシステムを開発。現在はプレコンセプション、妊活・不妊治療について知る一歩目として企業向けにヘルスケア研修の提供を開始しています。
VRを活用した野球トレーニングシステム(V-BALLER 荒智子氏)

荒氏は野球の練習環境の減少、往復1〜2時間かけて練習場所に通う必要性、一人では練習機会が限られることなどの課題に着目し、VRを活用した野球トレーニングシステム「V-BALLER」を開発しました。VR空間での打撃トレーニングとパフォーマンスの可視化により、一人でいつでもどこでも実践的なトレーニングが可能になります。
実投手の投球をスピードや軌道も含めてリアルに再現し、フリーバッティングだけでなく選球眼やコース見極めなどのモードも備えています。Webダッシュボードでコンディションや成長を確認できるのも特徴です。現在、プロアマ問わず50チーム以上が利用しており、今後は一般家庭向けの展開を目指しています。
未病評価「お腹ソムリエ」(HIL 小熊美嘉氏)

小熊氏は見た目ではわからない脂肪や筋肉の状態を可視化する「お腹ソムリエ」を開発しました。エコー画像を使ってそれらの状態を視覚的に理解できるようにすることで、行動変容を促します。特に見た目は太っていなくてもメタボ健診では引っかからない「隠れ肥満」を発見できる点が強みです。
体験者の約80%以上が測定後に生活習慣を改善したいと回答しており、現在は企業の健康経営や地域の健康イベントで活用されています。集約されたデータを活用した新たな市場展開も視野に入れており、健康診断に引っかかる前に生活習慣を改善するきっかけとなる未病領域のサービスとして注目されています。
腸活を促進する男性用下着(LUNDATTE 木村千瑛氏)

木村氏はお腹が弱い兄の存在をきっかけに、「腸と健康を守るブランド」LUNDATTEの展開を始めました。世界人口の15%、日本で約1200万人が慢性的なお腹の不調に悩んでいる中、女性向け製品は豊富である一方、男性向けは昔ながらの腹巻やももひきしか選択肢がありませんでした。
そこで3年かけて「世界初のハイウエストボクサーパンツ」を開発。特許申請中の独自技術でウエストゴムや縫い目を取り除き、デザイン性と機能性を両立しました。2024年7月の販売開始以降600枚を販売し、雑誌「ターザン」などのメディアで注目されています。「ファッションでかっこいい腸活」をコンセプトに、国内外での展開を目指しています。
働く女性のためのコミュニティSNS(CORE 尾崎莉緒氏)

尾崎氏は働く女性のためのコミュニティSNS「CORE」を運営しています。日本では働く女性の8割以上がライフイベントとキャリアの両立に不安を抱え、6割以上が相談先に困っているという現状に着目しました。
COREは悩みや不安を投稿しアドバイスを受けられるプラットフォームで、特に「ワン申請」機能による直接交流の返信率は90%に上ります。スタートアップ役員経験者や女性管理職など、キャリア力の高い女性が多数登録しているのが特徴です。プロダクトだけでなく、メディアやイベントを組み合わせて働く女性の居場所を創出し、2023年12月からはカジュアル面談機能も提供しています。
植物性乳酸菌を活用した発酵技術(Delicious Revolution 丸山寛子氏)

料理研究家としての経験を持つ丸山氏は、食の様々な課題を発酵技術で解決することを目指しています。特に注目しているのが植物性乳酸菌で、強い生命力と発酵力を持ち、植物由来のものしか発酵できないという特性があります。
アメリカ市場ではココナッツミルクやアーモンドミルクなどの代替ミルク製品が増えていますが、これらを固めるために添加物が使われている現状があります。同社の植物性乳酸菌を活用することで、無添加で植物性素材を固め、栄養価を高め、保存期間を延ばすことが可能になります。現在4000株の植物性乳酸菌を保有し、7つの特許を取得。ベトナム企業と提携し商品開発を進める予定です。
金融教育コンテスト(一般社団法人日本金融教育支援機構 平井梨沙氏)

平井氏は日本人の約8割が金融知識に自信がないという現状から、金融教育の普及に取り組んでいます。同機構は「FESコンテスト」を開発し、大学生が運営し中高生がエントリーする小学生向けの教材(1分以内のショート動画)を作る「学びの連鎖」を創出しています。
これまで約70校に出前授業を行い、金融に対してポジティブなイメージを持つ中高生が増えています。現在は千葉県と香川県で地域モデルを構築し、47都道府県への展開を目指しています。また、参加大学生(現在100名弱、女性が9割)に対するキャリア拡張プログラムも計画中です。
医療者専用リスキリングスクール(Medited 松岡磨衣子氏)

松岡氏は薬剤師時代に顔面神経麻痺を経験し、「顔が動かなくても体が動くなら働いてほしい」と休職を断られた実体験に対する疑問から事業を始めました。年間約50万人の医療者が離職している現状に対し、ライフイベントで離職せざるを得ない医療者向けに医療資格や経験を活かした副業人材育成を行っています。
医療者専用リスキリングスクールでは、医療資格と現場経験があるからこそ活かせるスキルを軸に、医療現場の内外で活かせる選択肢を提供。卒業生は170名以上で、90社以上の企業・メディアで活躍しています。市場規模は1兆円以上と推定され、今後は講座の拡充や自社Webサービスの開発、人材紹介事業の構築などを計画しています。
個人的な体験から生まれたビジネスモデル

今回登壇した女性起業家たちに共通するのは、自身の体験や身近な課題から事業アイデアが生まれている点です。障害のある子どもを持つ親、病気で離職を余儀なくされた医療者、お腹が弱い家族を持つ女性など、当事者意識から生まれたビジネスは課題の本質を捉えた実用性の高いソリューションとなっています。
こうした個人的な体験に基づくストーリーは、投資家や顧客、協業先との共感を呼びやすく、ビジネスの説得力を高める要素となっています。また単なる市場機会の追求ではなく、強い問題意識と解決への熱意が原動力となっているため、困難に直面しても粘り強く事業を推進する力になっているようです。
一方、登壇者たちは単に収益性のあるビジネスを作るだけでなく、社会的インパクトを生み出すことも重視しているように感じました。こうした多様な視点からのアプローチを可能にする女性起業家の参画が増えることで、ビジネスエコシステム全体がより包括的で革新的になることが期待されます。

東京都の女性起業家支援プログラムとしては2024年度で第9期を迎えたAPT Womenですが、こうしたプログラムを通じて輩出された女性起業家たちのさらなる活躍と、彼女たちが築くコミュニティの拡大が、日本のスタートアップエコシステムの多様性と活力を高める原動力となるでしょう。
多様な社会課題に挑む女性起業家たちの今後の展開に、引き続き注目していきたいと思います。
ピッチイベント当日の模様を、APT WomenのYouTubeチャンネルで公開中!
https://www.youtube.com/channel/UC11qoIRzUPOnrAp3mtjWRww
APT Women2025年度育成講座の参加者募集スタート
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「APT Women」の育成講座では、経営スキルアップと起業マインド醸成を目的として、創業予定や起業ステージが若い女性起業家に必要なマインドやマーケティング、MVP開発方法や資金調達の知識を提供しています。今年も5月21日(水)から7月9日(水)まで、毎週水曜15:00〜17:00に全8回にわたり開催予定です。
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