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建設・不動産領域のスタートアップ支援で見えた「成果と課題」——大手6社参画「STUDIO 10X」始動

ゼロワンブースターは1日、東京都の多様な主体によるスタートアップ支援展開事業(TOKYO SUTEAM)の一環として、起業志望者(株式法人設立前の個人)を対象に、建設・不動産・まちづくり・物流・環境領域におけるスタートアップ創出プログラム「STUDIO 10X」を開始することを発表しました。

本プログラムには、大林組、東急建設、特種東海製紙、相鉄アーバンクリエイツ、日本海ガス絆ホールディングス、MLCベンチャーズ(三菱倉庫のCVC)の大手6社がパートナー企業として参画します(※)。各社は、課題探索機会や仮説検証機会、専門知識、専門人脈などの「企業に眠る機会」を起業志望者に対して開放し、ゼロワンブースターのベンチャースタジオによる支援と合わせて、一年半で10社のスタートアップ創出を目指します。

プログラムは1期6ヶ月間で全4期開催され、2025年1月から2026年3月にかけて実施されます。支援内容は多岐にわたり、MVP開発支援やCTO候補獲得支援、また、スタジオメンバーや専門家による定期的なオンラインメンタリング、事業計画作成支援などが予定されています。

さらに起業志望者向けの成長環境として、有楽町「SAAI」Wonder Working Communityの会員資格の提供や、01Booster/01Booster Capitalからは最大500万円の出資可能性があります。このプログラムは、2024年4月からの働き方改革関連法適用に伴う労働力不足や、建設・不動産・まちづくり・物流・環境領域におけるスタートアップ数の不足という課題に対応するものです。01Booster Studioは既に2年間で約60チームの起業家を支援し、5社のスタートアップ創出実績があり、その経験を活かした支援が期待されています。 本稿ではこのプログラムをリードする、ゼロワンブースターの丸山有弥氏に「STUDIO 10X」のコンセプトや成り立ちについてお話を伺いました。

※株式会社大林組と特種東海製紙株式会社、株式会社相鉄アーバンクリエイツは参画予定にて調整中。

建設・不動産領域のスタートアップの現状

STUDIO 10Xでは、主に建設・不動産・まちづくり・物流・環境領域のスタートアップ創出を狙うのですが、建設・不動産領域について注目した場合、ここには大きく分けて3つの異なる事業展開のアプローチが考えられます。

まず最も多いのが、中小規模の建設関連会社をターゲットにした事業展開です。報告書類作成を含めた施工管理業務のDXなど、現場の生産性向上に焦点を当てた製品やサービスを提供するスタートアップが、この分野の主流となっています。

続いてのアプローチは、大企業をメインターゲットとした事業展開です。このアプローチは独自の難しさを抱えていますが、大手企業が持つ規模や影響力から、大きな可能性を秘めており、STUDIO 10Xも大企業との連携に注目しています。最後のひとつが最も野心的なアプローチで、業界全体に対して破壊的イノベーションを起こすことを目指す事業展開です。例えば、自社で企画〜設計〜施工〜活用〜維持管理までを革新的な手法を用いて一貫して手掛け、そのモデルを世界に展開していくようなスタートアップが出てくれば、将来的にユニコーン企業となる可能性も見えてきます。

実際、日本のスーパーゼネコンでさえ、世界ランキングでは10位から20位程度に位置しており、グローバル市場にはまだまだ大きな機会が存在しているのです。

ただし、この領域には特有の障壁も存在します。最も顕著なのが、プロジェクトのリードタイムの長さです。物づくりそのものや意思決定に関わるステークホルダーが多いため、どうしても時間がかかってしまいます。これは多くのスタートアップが苦労する要因の一つとなっています。

当社調べ(2023年12月)。建設・不動産領域のスタートアップの数は、他の領域に比べて非常に少ない。

また、既存の大手企業が強い影響力を持っているという現実もあります。そのため、スタートアップには単なる競争ではなく、既存企業とうまく連携しながら、時には胸を借りることも視野に入れた「したたかさ」が求められます。

さらに、建設業界、そして不動産業界にも共通する保守的な文化も大きな課題です。関係性を重視する業界特性から、新規参入者が簡単には受け入れられにくい環境があります。この障壁を乗り越えるためには、インサイダーでなくても相手に信頼してもらえるような関係性の構築が必要で、そのためには圧倒的な行動量が求められます。知識や人脈を獲得するための積極的な活動が、成功への重要な要素となっています。

このように、建設・不動産領域のスタートアップは特有の課題に直面しながらも、グローバル展開の可能性や破壊的イノベーションの機会は他の事業領域にないダイナミックさを秘めていると考えられます。

大手ゼネコン出身がMBA留学で得たもの

建設・不動産領域で新たな事業を作るためには、こうした「業界特有」の勘所が重要になってきます。そこでSTUDIO 10Xではスーパーゼネコンの経験者にこのプログラムをリードしてもらうことにしました。それが丸山有弥氏です。

自身が被災した阪神大震災の経験から建設業界に憧れを抱いた丸山氏は、スーパーゼネコンの一角に入社しました。入社後は土木技術者として施工管理や設計を担当し、その後、新規事業開発部門で再生可能エネルギーのプロジェクトに携わった経験を持ちます。

転機となったのはMBA留学でした。

留学先のバージニア州で開催されたFerguson Innovation Challengeという創業支援付きのピッチコンテストで最優秀賞を獲得。この成果が地元の新聞に掲載されたことをきっかけに、VCのNew Richmond Venturesでインターンの機会を得たのです。そこでRiverflow Growth Fundの立ち上げに参画し、スタートアップの評価方法やファンドの設計などを経験しました。

当時のバージニア州はスタートアップエコシステムが黎明期にあり、留学先のビジネススクールでもアントレプレナーシップセンターが設立されたばかりでした。

連続起業家がセンター長を務めるなど、起業への機運が高まりつつある時期でもあり、丸山氏は企業派遣の身でありながら、会社の理解を得てこれらの活動に参加。オープンイノベーションを推進する会社の方針もあり、学業に支障がない範囲で様々な経験を積むことができました。

帰国後は新規事業開発部門で再生可能エネルギー事業を担当し、その後「建設業界のスタートアップエコシステムを醸成したい」というビジョンを持ってゼロワンブースターに参画。2022年4月にはSTUDIO 10Xの原型となる01Booster Studioを立ち上げ、建設・不動産領域に特化したベンチャースタジオとして活動を開始しました。

ベンチャースタジオの定義と特徴

今回のプログラムで中心的なコンセプトとなる「ベンチャースタジオ」に近年注目が集まっています。Morrow(Global Startup Studio Network)では、「Institional co-founder(組織的な共同創業者)」と定義されています。

これは単なる支援者ではなく、共同創業者のように事業に深く入り込み、事業開発や開発の一部に積極的に関与する存在です。この点が、通常のアクセラレーターやVCによるハンズオン支援とは異なる特徴となっています。

ただし、近年では世界的な潮流として、VCやアクセラレーターの中にも同様の深い支援を始めているところも出てきています。

ベンチャースタジオには、大きく分けて3つのタイプが存在します。

1つ目は「Founder Studio」と呼ばれる形式です。これはスタジオの創業者が複数の新規事業を同時に見ていく形態で、事業が成長した段階でボードメンバーの一部を交代させていきます。Flagship Pioneering社が代表的な例です。

2つ目は世界で最もメジャーな「Co-Founder Studio」モデルです。このモデルでは、スタジオとパートナー企業が創業前の起業家を共同で支援します。

特徴的なのは、起業家を一時的にEIR(Entrepreneur in Residence)として雇用し、事業がある程度成長した段階でスタジオからスピンオフさせる点です。スピンオフ後は、スタジオとパートナーがそれぞれマイナー持分を保有する形となります。

3つ目は「Catalyst Studio」モデルで、Antler社などが採用している形式です。01Booster Studioもこの形式で運営されています。このモデルの特徴は、期間雇用やスピンオフを伴わない点です。アクセラレーターやVCが創業済みのスタートアップ企業を支援するのに対し、Catalyst Studioモデルは創業前の起業家を支援対象としています。

ベンチャースタジオは従来の起業支援の形態を一歩進め、より深く、より早い段階から起業家に寄り添う支援を実現しています。その多様なモデルは、支援を受ける起業家のニーズや、スタジオ側の戦略によって選択されています。

01Booster Studioの成果と課題

01Booster Studioは2022年の設立から2年間で、約60チーム、およそ60名以上の起業家の支援を行ってきました。その中から5社が法人化を達成し、一定の売上を立て、実装を進めて卒業するまでに至っています。

支援対象は多岐にわたり、海外展開を果たした企業もあれば、国内市場に特化して活動している企業もあります。また、完全にゼロから支援したケースだけでなく、既に立ち上げ段階にある企業も同じ仕組みの中で支援を行っています。

01Booster Studioのデモデイ風景

これらの活動を通じて、いくつかの重要な課題が明らかになってきました。

第一の課題は、建設・不動産領域における起業希望者の数の少なさです。支援内容を更新し、充実させていく努力を続けていますが、そもそもの母数が少ないという現実があります。ただし、これは「鶏が先か卵が先か」という問題でもあり、継続的な支援活動を通じて成功者を輩出することで、徐々に解決していけるのではないかと考えています。

第二の課題は、プログラム途中での離脱者の存在です。これは起業家本人の意志やさまざまな事情によるものではありますが、スタジオとしては必ずしもスタートアップという形態にこだわり過ぎず、まずはビジネスとして始めることを推奨しています。結果としてスタートアップに発展する可能性もあるため、起業家の「チャレンジ」を阻害しないような環境作りを心がけています。

第三の課題は、運営資金の維持という課題です。これは01Booster Studioに限らず、多くのベンチャースタジオが直面している課題です。支援活動は必然的に先行投資として多くの運営資金が必要となるのと、スタートアップが成功するには長い時間を要するため、海外のスタジオの多くはファンドを設立して運営しています。

将来的には、パートナー企業がLPとして参加するファンドを設立し、出資を通じてキャピタルゲインを生み出し、事業を継続していくというモデルに挑戦したいと考えています。

このモデルでは、純粋な財務リターンだけでなく、戦略的なリターンも重視されます。例えば、プロダクト開発への早期段階からの関与や、計画的なM&Aの実施なども視野に入ります。

特に、Co-Founder Studioモデルのように、企業とスタジオが密接に連携して運営する形態では、より強固な企業連携が可能になります。長期的にスタジオの仕組みを維持・発展させていくためには、このような方向性も重要な選択肢となります。

STUDIO 10Xへ

冒頭でもお伝えした通り、ゼロワンブースターは1日、東京都の多様な主体によるスタートアップ支援展開事業(TOKYO SUTEAM)の一環として、建設・不動産・まちづくり・物流・環境領域に興味を持つ起業志望者(株式法人設立前の個人)を対象としたスタートアップ創出プログラム「STUDIO 10X」を開始することを発表しました

キーワードは「アンフェア」です。

従来のアクセラレーターにおいては、企業側のオープンイノベーションの目的や、注目テーマ・領域に対する解像度が低く、連携の実績につながりにくいという声も聞かれました。この理由はひとえにスタートアップが生まれづらい業界特有の情報機密性、カルチャーが関連していると考えています。

そこでSTUDIO 10Xでは、企業が注目する社会課題や業界課題を分析・言語化し、ベンチャースタジオが起業志望者の活動を強力にサポートすることで、大手と連携可能性の高いスタートアップ創出を狙っていきます。

プログラムは6ヶ月間で構成され、インタビューによる課題探索から始まり、ビジネスモデル作成、インタビューによる仮説検証、MVP開発、MVPを用いた仮設検証、株式法人設立、有償顧客獲得、資金調達活動開始までを支援します。現業を続けながらの起業準備を可能にするため、平日夜と日曜日にも支援を行い、スタジオメンバーによる月4〜8回のメンタリング、MVPの開発支援、事業計画作成支援、パートナー企業による様々な機会の提供など、包括的なサポートを提供します。

起業家がゼロから立ち上げるのではなく、大企業と一緒に包括的な後押しをする、これこそがこのプログラムの持つ「アンフェア」のゆえんです。

このようにして、2024年10月から2026年3月までの協定事業期間中に、4期のバッチを実施し、合計10社のスタートアップ創出を目標としています。

丸山氏:起業志望者の方向けにお伝えしたいのは、このSTUDIO 10Xは本当に貴重な機会なので、ぜひ活用していただきたいというのがあります。STUDIO 10Xが示している世界観、つまりアンフェアに起業できる、それを実現していきます。起業準備環境を良くしなければ、起業家も増えないし、スタートアップも増えない。

 

そもそもアクセラレーターやベンチャーキャピタルと同様に、ベンチャースタジオは今後増えてくると思います。せっかくこの領域でベンチャースタジオを始めているので、起業しにくい領域ではありますが、そういった分野を先駆けて始めて、どんどん起業家を生み出していきたいと思っています。

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