
なぜ今?事業企業発スタートアップの新潮流「カーブアウト」が再注目されるワケ【01Booster Conferenceレポート】

東レ、JAXAといった大手組織から独立し、新たな価値創造に挑戦するスタートアップが増加しています。既存の組織では実現できないスピードと柔軟性を武器に、技術力と経験を活かした新規事業に取り組む経営者たち。その現状と可能性、そして課題について、実践者と支援者の視点から探ります。
昨年末に開催された01Booster Conferenceのセッション「スピンオフ・スピンアウトの現状と未来」には、JAXAからカーブアウトしたStar Signal Solutions代表の岩城陽大氏、東レから生まれたMOONRAKERS TECHNOLOGIES代表の西田誠氏が登壇し、カーブアウトで体験した知見を共有しました。モデレートはスタートアップメディア「BRIDGE」平野武士編集長とゼロワンブースターキャピタルパートナー、浜宮真輔が務めました。
スピンオフ・スピンアウトを取り巻く環境の変化
大企業からの独立という選択肢はEIR(Entrepreneur in Residence)などの手法として以前からありましたが、近年、その環境が大きく変化しています。
その転換点となったのが2010年。この年、海外の有名アクセラレーションプログラムであるTechstarsやYコンビネーターの考え方が日本に入ってきました。デジタルガレージが「Open Network Lab」を開始し、続々と新しいスタートアップが誕生。
それに伴い、リスクマネーを提供するファンドも増加し、スタートアップを支援するエコシステムが整備されていきました。

「カーブアウトする側の方々は昔からもいらっしゃいましたが、それを受け止める受け皿の方が環境が良くなった」と平野氏は説明します。
この変化は、スピンオフ・スピンアウトを志す人材にも影響を与えています。現在、ゼロワンブースターキャピタルが運営するスピンオフ支援プログラム「SPINX10」には予想を上回る参加があり、すでに累計85名が参加しています。
制度面でも大きな変化がありました。その大きな役割を果たしたのが経済産業省が主導し、2018年頃から本格的に推進された「出向起業制度」です。大企業の社員が出向や戻れる権利を持つ一時退職などセーフティネット持った形で新規事業を立ち上げることを支援するもので、今回登壇した東レ発のMOONRAKERS TECHNOLOGIESもその制度を活用した一社です。
このように、スタートアップエコシステムの成熟や支援体制の充実などの要素が重なり、スピンオフ・スピンアウトは新たなステージに入りつつあります。
ただし、組織の階層構造や立場によっても状況は異なり、成功のための明確な方程式はまだ見えていないのが現状です。
東レ発、アパレルテック革命への挑戦

「服にも進化してほしい」——MOONRAKERS TECHNOLOGIESの西田氏は、ユーザーの声をそう代弁します。同社は東レ初のスピンオフベンチャーとして注目を集めていますが、その背景には先端素材の可能性が埋もれていくことへの危機感がありました。
西田氏は東レ在籍中、20代でフリース素材の新規事業に挑戦し、ユニクロへの飛び込み営業で大型契約を獲得。東レとユニクロの取り組みのきっかけを作り出した人物です。2度目の新規事業では、素材から縫製品へとサプライチェーンを延伸し、これも大きな成功を収めています。
そして3度目の挑戦が、MOONRAKERSです。長く続いたデフレにより、アパレル業界は価格重視の姿勢を強め、最新の先端素材の需要は激減。技術開発の停滞への危機感から、「日本の技術と素材がこのまま埋もれてしまっていいのか」という問題意識が生まれました。
そこで開発したのが、東レとJAXAが共同開発した宇宙技術をベースにした「MOON-TECH®(ムーンテック®)」。最高レベルの機能性を12個搭載し、快適性、利便性、タフさを兼ね備えた「過剰なほどの機能性」を持つ商品は、ユーザーから圧倒的な支持を受けています。
クラウドファンディングを活用した受注販売システムにより、在庫リスクを抑えながら新商品の連続ローンチを実現。初年度から数億円の売上を上げることで黒字化を達成し、現在も1,000枚単位の商品が即日完売する人気ぶりなのだとか。
しかし、なぜ社内ではなくスピンオフという選択をしたのでしょうか。西田氏は「スピード」を最大の理由として挙げます。
企業におけるコンプライアンス・ガバナンス強化は、企業統治のあり方を進化させる一方、様々な意思決定に時間がかかるようになってしまいました。大企業並みの厳格な統制は、スピードが最も重要な新規事業の立ち上げにおいて、時には成功を阻害する要因にもなります。「ピーク時には月20本の稟議書を書いていました。一番早いもので2週間、遅いものは経営会議にかかって半年もかかる。その間、事業は停滞してしまいます」と西田氏は振り返ります。
こうした背景もあり、西田氏は東レ経営陣とも徹底的な話し込みを行い、三度目の新規事業をカーブアウトすることを合意・決断したのです。
西田氏は「自分の過去2度の新規事業がそうだったように、新規事業それ自体を無理に大きくしなくてもいい。コンセプトの先駆けとなり、モデルケースになればいい。モデルケースが見えたらみんなで雪崩を打ってそれをやったらいいじゃん、というのが今の時代の感覚ではないでしょうか」と語ります。大企業とスタートアップ、それぞれの強みをハイブリッドに活かした新しいイノベーションの形がここに見えています。
JAXAの技術で宇宙ビジネスに挑む

突然、金融市場が停止し、カーナビが使えなくなり、天気予報もわからない——。そんな事態が現実に起こりうる可能性があります。それが宇宙空間での「交通事故」のリスクです。Star Signal Solutionsの岩城氏が語るこの交通事故とは「人工衛星と宇宙ゴミの衝突」。もしこの事故が発生すれば衛星機能の停止だけでなく、新たな宇宙ゴミを生み出し、軌道そのものが使えなくなる可能性があるのです。
2010年代後半から、民間衛星の打ち上げは従来の100倍のペースで増加。2029年までに5万7,000機の衛星が打ち上げられる計画で、危険な宇宙物体との衝突リスクは年間3,700万回に上ると予測されています。この課題に対して同社はJAXAで開発された技術をスピンアウトし、衝突回避のためのナビゲーションソフトウェアを提供することにしました。すでに世界40機関、160基の衛星でダウンロードされた実績を持つ技術を、より使いやすく進化させたものです。
さらに同社は、宇宙ゴミを監視する画像処理技術も事業化する計画です。世界の衛星運用市場は2.9兆円規模、その中で衝突回避のマーケットは174億円と想定されています。しかし、この技術は宇宙ステーションやロケット、軌道上のデブリ除去、燃料補給、さらには月や火星探査まで、幅広い分野での活用が期待されています。
では、なぜJAXAという組織から飛び出したのでしょうか。
岩城氏は「シンプルに、人・物・金がどちらが集めやすいかを考えたとき、民間として外に出た方がこの事業は伸びると感じた」と説明します。
実際、2024年には複数の宇宙ベンチャーがIPOを果たし、政府も10年で1兆円規模の宇宙基金を設立。宇宙ビジネスは急成長期を迎えています。宇宙産業の国内市場は現在4兆円規模ですが、政府は2030年代早期に8兆円への倍増を目指しています。
さらに世界に目を向けると、グローバル市場は現在60兆円規模で、2040年には150兆円まで成長すると予測されています。その4分の3は民間セクターが担っているといいます。
「税金でやるべきところと民間としてやるべきところは明確に分かれる」と岩城氏。サービスを利用する人が対価を払い、その見返りとしてより良いサービスを提供する。そんな健全な産業の循環を宇宙ビジネスでも作り出すことが、スピンアウトの狙いなのです。
日本は世界で4番目にロケットを打ち上げた国として高い技術力を持っています。その強みを活かし、民間主導で宇宙産業を発展させていく——。JAXAの専門家チームによるスピンアウトは、そんな大きな可能性を秘めているのです。
スピンオフ・スピンアウトの成功要件

では、こうした企業や行政機関に眠る新たな可能性をどのようにしてカーブアウトすればよいのでしょうか?
浜宮はスピンオフ・スピンアウト企業への投資について当初、「投資対象にならないのではないか」と考えていたと明かします。経営者気質になりきれないのではないか、元の会社が邪魔をするのではないか——。そんな不安があったといいます。
しかし、実際に経営者と接する中で、その認識は大きく変わりました。「すごい技術とすごいネットワークを持って、社会の荒波を乗り越えてきた人たちが出てくるわけです。人としてのレベルも高いですし、元の会社も今は時代が変わって、すごくサポートしてくれる」。
現在、ゼロワンブースターキャピタルの投資先22社のうち6社がスピンオフ企業です。その経験から見えてきた成功要件のひとつ、それが「適切なタイミング」です。
「大きくなりすぎたら中でやった方がいい。でも小さすぎると投資するときに不安になる」(浜宮)。その見極めには、経営人材の資質や事業の性質、市場環境など、様々な要素を総合的に判断する必要があります。
特に重要なのが資本政策です。IPOを目指す場合、上場時に33.4%程度の株式保有があり、ストックオプションで10〜15%を配布すると仮定すれば、外部から株式で調達できる資金には自然と上限が見えてきます。さらに元の企業から技術などを承継した上で資本政策を組む必要があるため、ゼロから起業する場合とは異なる考え方が必要になります。
逆に、外に出ない方がよい場合もあります。「銀行残高が減っていく地獄を感じなければいけない日々を、わくわくと思える人でないと難しい」(浜宮)と指摘したように、社内でより力を発揮できる人材もいれば、事業特性として社内の方が成長しやすい場合もあるといいます。
今後の展望と課題

浜宮は「スピンオフ・スピンアウトする人たちが増えれば、日本のGDPは上がるのではないか」と、大企業に眠る技術や人材の可能性に期待を寄せます。
しかし、その実現には様々な課題があります。その一つが、制度設計の難しさです。社内で新規事業に数千万円の予算をつけても、2年後にどうするか。SPINXには、そんな悩みを抱える運営側の担当者も参加しているといいます。
また、出す側の判断基準も確立されていません。組織のヒエラルキーや立場によっても状況は異なり、定型化して毎回同じように判断することは難しいのがカーブアウトです。
課題解決のカギの一つは、オープンな対話の場づくりです。スピンオフ・スピンアウトに関する情報の多くはNDAの対象となり、外部に共有できないことも多いのが現状です。そのため、クローズドな勉強会など、実務者同士が率直に意見交換できる場の重要性が増しています。
MOONRAKERSの西田氏が指摘するように、新規事業で重要なのは、「モデルケース」として他の挑戦を促すことです。一つの成功事例が、組織内に眠る可能性を呼び覚まし、新たなイノベーションの連鎖を生み出す——。
スピンオフ・スピンアウトは、そんな可能性を秘めた「新しい選択肢」として、ますます重要性を増していくのではないでしょうか。