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地域特性を活かした独自のスタートアップ支援へ。宇都宮市が描くイノベーション戦略

北関東最大の経済圏を持つ宇都宮市。2017年から始まった宇都宮アクセラレータープログラムは、6年間の取り組みを通じて、地域に根差した独自のスタートアップ支援モデルを確立してきました。創業支援から成長支援へ、そして地域企業との協業モデルへと進化を遂げてきた背景には、地域の特性を深く理解した上での試行錯誤がありました。

今回は、当時、宇都宮市 経済部 産業政策課 産業イノベーショングループの係長であった鈴木健一氏(現:建設部LRT整備課協働広報室副主幹)に、その歩みと今後の宇都宮市のスタートアップ支援の在り方を伺いました。聞き手は、01Boosterで地域チームを担当する、シニアマネージャーの矢野口 聡が務めました。

右から、鈴木健一氏と01Boosterで地域チームを担当する、シニアマネージャーの矢野口 聡

行政の役割を問い直す。「創業」から「成長支援」への転換

宇都宮市では2002年から創業支援に取り組んできました。しかし、その取り組みは新たな転換点を迎えることになります。

鈴木さん:行政はこれまで創業支援、いわゆる「会社を創る」ための支援をやってきたのですが、私が2015年に異動してきてから、基本的には会社を創っただけでは、経済的なインパクトというものが生まれないという課題感にぶつかりました。

その解決策として目をつけたのが、仙台市が先行して取り組んでいた「アクセラレータープログラム」でした。同時に、地域特有の課題も見えていました。

宇都宮については少し閉鎖的な文化が残っているところもあり、新しいものにチャレンジする意欲が低いと感じていた、と鈴木氏は当時を振り返ります。成長したロールモデルを示すことで、後に続く起業家を増やしていく必要があったのです。

鈴木健一氏、宇都宮市のインキュベーションオフィスである「宇都宮ベンチャーズ」にて

行政の常識を超えた予算化への挑戦

新しい取り組みを始めるにあたって、最も大きな壁となったのは行政内部での予算化でした。

鈴木さん:そもそもスタートアップ支援や創業支援は法律で定められていない仕事です。その中で、行政としてやらなければいけないという理由を作るのが非常に難しかったです。

しかし、行政には目の前のニーズや課題に対して政策を打っていくという得意分野がありました。そこで起業家たちが抱える具体的な課題にフォーカスした施策として組み立て直すことで、庁内の理解を得ることに成功します。

鈴木さん:経営や販路開拓など、より成長するためにはいろいろな知識やノウハウが必要です。それらを単発に支援しているだけだと、結局時間もかかりますし、成長スピードもなかなか上げられません。それをワンストップに実現できるプログラムは何なのか?となったときに、このアクセラレータープログラムというパッケージ化されたプログラムを宇都宮版に少しカスタマイズしました。

2017年夏に事業を構想し、同年10月には予算を提示。この間の4ヶ月で、宇都宮市のインキュベーション施設「宇都宮ベンチャーズ」を拠点に、市内外の起業家から直接ニーズを聞き取り、課題を掘り下げていきました。

宇都宮アクセラレーター2024公式サイトのトップページ。今年で7期目を迎えた(2024年10月現在)。

6年間で進化を遂げたプログラムの軌跡

宇都宮アクセラレーターは、毎年少しずつバージョンアップしながら運営されてきました。鈴木さんはこれまでの軌跡を以下のように振り返りました。

【1期目】
まずは起業家の課題に対して、「完全にピンポイントにそこに対して処方箋的にどんどん支援を入れていく」ことからスタート。この段階では比較的小規模なビジネスが中心でした。

宇都宮アクセラレーター2018のデモデイ参加者

【2〜3期目】
大きな転換点となったのが、地元の支援者を巻き込む「アクセラレーター支援チーム」の設置です。「受託者と行政だけでやってもプログラム終了後のフォローが続かない」という課題認識から、民間の有志による継続的な支援体制を構築しました。

また、課題をピンポイントにメンタリングで解決しただけでは不十分で、やはり実践を行わなければいけないという考えから、2期目から地域をフィールドにした実証実験を導入。構想段階で終わらせず、実践を通じた課題の洗い出しと改善を繰り返すアジャイル型の支援へと発展させました。

宇都宮アクセラレーター2021での、作新学院大学グラウンドで実証実験として開催されたメディシンボール投げの模様

【4〜5期目】
鈴木さんによれば、劇的に変わったのは4期目からとのこと。支援チームは当初の5人程度から30以上の団体へと拡大。「4期目からは、地元だけではなく全員でスタートアップを育てようというマインドに変わった」といいます。

地元企業だけでなく、大学やプロスポーツチームなども実証実験の受け入れ先として参画するようになり、プログラムの幅が大きく広がりました。

鈴木さん:九州など遠方からの申し込みも来るようになり、そこからはスタートアップと呼ばれる事業者が多くなりました。

北関東最大の経済圏という宇都宮市の特性が、スタートアップにとっての魅力となっていったのです。

5期目のデモデイの模様

【6期目】
6期からは、これまでとは異なるアプローチを試みています。スタートアップのノウハウや考え方などといったスキルが高い参加者が多くなってきたという変化を受けて、今度は地域の中小企業の新規事業創出にスタートアップの知見を活かすという新しいモデルに挑戦しています。

担当者の熱意が支えた「宇都宮モデル」

プログラムの成功を支えた要因の一つに、鈴木さんは「担当者の高い当事者意識、熱量」を挙げました。特に4期目の担当者は非常に積極的で、自ら地域に飛び込んで交渉を重ねていったといいます。その背景には、担当者たち自身の強い想いがありました。

鈴木さん:このスタートアップと事業所をマッチングしたら面白いことができるのではないかと思ったときに、そこを説得しようという感じで、担当者の方でやりたいことベースがありました。

プログラムは非常に工数のかかる業務でしたが、担当者たちは楽しみを見出しながら取り組んでいったのです。

聞き手を務めた01Boosterで地域チームを担当する、シニアマネージャーの矢野口 聡

地域企業との新たな挑戦

6期目で始まった地域企業との協業を進める中で、市内の企業がスタートアップとの向き合い方を知らないという新たな課題が浮き上がってきました。長年自社内で事業を進めてきた企業にとって、外部の新しいプレーヤーとの協業は大きなチャレンジだったのです。

この課題に対して、プログラムでは受け入れ側の企業へのメンタリングに重点を置きました。

鈴木さん:スタートアップ側はある程度オープンマインドなので、いろいろできると考えています。ただ受け入れ側の視野がとても狭いとなると、そこを崩すのに時間がかかってしまいます。

半年近くかけて、経営陣を含めた丁寧なコミュニケーションを重ねた結果、最終的には「スタートアップフレンドリー」な姿勢が育まれていきました。今後は、こうした「ホスト企業」と呼ばれる地元の受け入れ企業を増やしていく考えです。

未来に向けた新たな挑戦

6年間の取り組みを経て、宇都宮市は宇都宮発のスタートアップが少ないという新たな課題に向き合っています。全国的にスタートアップの機運は高まっているものの、地域に限ってみると人材の枯渇感は否めません。

鈴木さん:1周回って、もう1回生み出す方をやらないといけないという課題に当たっています。土壌改良ですね。やはりずっと畑を耕してきたと思っていましたが、まだまだ地盤が固すぎて耕し切れていないのではないでしょうか。

その解決策として、宇都宮市はより若い世代からの起業家マインド醸成に注力。大学との距離を縮めながら、学生にフォーカスした支援を検討しています。

また、産業特性を活かした新たな分野として宇宙産業にも着目しています。「宇都宮も地の利がありますしプレーヤーもいますから、やってみる価値はあると思います」と鈴木さんは意気込みを語ります。

さらに鈴木さんは、宇都宮は東京を目指しているわけではなく、東京と同じ事業をやるつもりも全くないと続けました。

鈴木さん:何かをやれば正解というのはないのです。何でもかんでもやらない限り、起業支援や創業支援はできないので、とにかく球を打つということをしなければいけません。

この言葉は、まさにアクセラレータープログラムの6年間の実践そのものを表しているといえるでしょう。地域の特性を活かしながら独自のイノベーションを創出するという宇都宮市の挑戦は、これからも続いていきます。

鈴木さん、貴重なお話をありがとうございました!

支援者や採択企業などのロゴがずらっと並ぶ、宇都宮ベンチャーズのエントランス。着実にエコシステムは育まれてきた。
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