
日本でユニコーンを増やすには ——政府・経営者・投資家が語る、成功への道筋
日本のスタートアップ・エコシステムは、大きな転換期を迎えています。2022年に政府が策定したスタートアップ育成5か年計画は2年目を迎え、スタートアップの数は約1.5倍に増加。特に大学発スタートアップの半数以上が東京以外の地方で生まれるなど、その裾野は着実に広がりを見せました。一方で、世界で戦える規模の成功事例はまだ限られており、特にディープテック分野での躍進が期待されています。
2024年12月に開催されたMUFG STARTUP SUMMITのセッション「日本でユニコーンを増やすには」に、経済産業省イノベーション・環境局 局長の菊川人吾氏、株式会社ディー・エヌ・エー 代表取締役会長の南場智子氏、株式会社ジェネシア・ベンチャーズ 代表取締役/General Partnerの田島聡一氏、株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ スタートアップ戦略部長の塚原伸介氏が登壇。日本のスタートアップ・エコシステムの現状と課題、そして今後の展望について議論を展開しました。
(モデレーター:株式会社ゼロワンブースター 代表取締役会長 鈴木規文)

加速する、政府によるスタートアップ支援策
スタートアップ育成5か年計画がスタートしてから2年目を迎えた2024年。スタートアップ支援策が今後どう変化するのかどうかという問いに対して、経済産業省イノベーション・環境局 局長の菊川人吾氏は、「海外のVCや有名大学の関係者が来日した際、よく質問されるのが、政策の継続性について」と前置きしながら「新しい総理が、前政権のスタートアップ政策については明確に継承すると表明され今後もスタートアップ政策は継続・強化されていきます」とも強調しました。
具体的な予算措置においても、「5か年計画が出来た初年度に1兆円規模の支援策を実施して以降、引き続き、非常に大きな規模での支援が行われています」と菊川氏は説明しました。
5か年計画の成果は、既に具体的な数字となって表れ始めています。菊川氏によれば、スタートアップの数は大きく増加しており、特に大学発スタートアップの数は1.5倍ほどになっているとのこと。注目すべきは、そのうちの半分以上が東京以外の地方で増えているという点です。
経済的なインパクトについても、「我々の試算によると、スタートアップによるGDPへの寄与は10兆円以上となっています。もはや単なるブームではなく、日本経済を引っ張っていく大きな経済のプレイヤーになっている」と菊川氏は指摘します。 また、人材の流れにも、菊川氏は「40歳以上の人がスタートアップに転職していくという流れも大きく起きています」と変化について説明しました。

政府の支援は、制度面の環境整備にとどまりません。「政府や地方自治体が取引相手となって調達を行うような形で、実際の売上に貢献していく仕組みを作ることが重要」と菊川氏は指摘します。実際、今年の能登半島地震の際には、ドローンのスタートアップや水循環システムを提供するスタートアップが大きく貢献したと語りました。
さらに新たな施策として、「大企業による調達を後押しするための制度」創設も検討しているほか「JETROにより世界中に設置されてきたスタートアップの海外展開を支援する拠点」などを通じて、グローバル展開に向けた支援をさらに強化しているとのことです。
「イノベーション・環境局という名称に、大きな思いが込められているのですね」と鈴木氏が問いかけると、菊川氏は「日本の将来の飯のタネを作っていくという覚悟が込められている。それだけ政府も本気だということです」と、改めて政府の本気度を強調しました。
エコシステムの現状と課題 ——「10×10」が示す野心的な目標
「経団連の副会長に就任されて、スタートアップに向き合う動きは強まっているように感じます」。鈴木氏の問いかけに、南場智子氏は明確な手応えを示します。
「スタートアップに対する意識は確実に高まっています」と南場氏。2022年3月末に経団連で取りまとめたスタートアップ躍進ビジョンについて、以下のように説明しました。
「日本はスタートアップが生まれにくい逆回転循環を、良循環に変えなければなりません。そのためには、一つや二つの施策では不十分で、全ての施策を一斉に実行する必要があります」(南場氏)
このビジョンは「細かく数えると130ほどの具体的な目標」を掲げており、特に重要なのが「10×10」という目標です。「成功の高さを10倍にするという目標。そのためには、裾野も10倍にする必要がある」と南場氏は説明します。政府もこの目標に呼応する形で施策を展開しており、「官民で目標を共有して走り出した2022年は、日本のスタートアップ元年になった」と位置づけています。

ここで鈴木氏は菊川氏に対して問いかけました。「M&Aという出口に関して、日本はまだ規模が小さく、これからシェアを増やしていくべきだと考えていますが、菊川さん、政府・経産省としてM&Aについてどのようにお考えでしょうか」。
これに対して菊川氏は、「もちろん税制面での整備も進めていますが、大企業の取り組みも後押ししていく必要があります」と指摘します。
「現在、日本のM&Aによる出口は、アメリカと単純比較するのは適切ではないかもしれませんが、絶対数がかなり少ない状況です。ファイナンスを含めて、M&Aのマーケットをより活発にする必要があります」(菊川氏)
特に新たな課題として、「一部のスタートアップが業界内で売上規模3位に入るような規模になってきており、競争法上の問題、独占禁止法上の課題が出てきています」と指摘。グリーン分野では既にガイドラインが整備されており、特にディープテック分野でも同様の制度整備が必要になってくる可能性があると説明しました。
南場氏も「M&Aを積極化させることは、大企業がスタートアップ・エコシステムに対してできる最大の貢献の一つ」と強調。さらに、「大企業は、スタートアップを“慈しみ育む存在”として見るのではなく、むしろ自分たちを超えていく存在として捉えるべき」と指摘します。

CVCの在り方について、南場氏は「やみくもにCVCを増やそうとする動きについては懸念を感じています。コーポレートの論理が持ち込まれるCVCが蔓延してしまうと、エコシステムに歪みが生じる可能性がある」と指摘します。
具体的には、「自社のアジェンダに合致する案件に過剰にフィットしてしまい、時には市場を歪めるような価格をつける」ことや、「情報収集のために取締役会にオブザーバーとして参加するケースもあり、結局は親会社である大企業に奉仕するというアジェンダを持つ人が増えてしまう」といった問題を挙げました。
また、南場氏は自身の経験も交えて、以下のように見解を述べました。
「デライト・ベンチャーズは、最初の100億円のファンドは100%DeNAがLPでしたが、2号ファンドでは150億円で他社からも出資を募り、名実ともに独立系VCとなりました。投資リターンを最重視する純粋なエコシステムをまず育て上げることが重要で、それ以外のアジェンダが入り込んで歪んでしまうことは避けるべきと考えました」(南場氏)
田島氏も「成功しているスタートアップは、そういった大企業からの投資を受け入れない傾向にある」と指摘。「現在の伝統的な大企業を超えていこうとしている、そういうスタートアップこそが大成功するスタートアップになる」という見方を示します。
一方で、新しい可能性も生まれつつあります。塚原氏は「ウェルスナビさんはMUFGの傘下に入っていただいた。また、スイングバイIPOでは、KDDIさんにおけるソラコムさんのように、一旦大企業の中に入って力を蓄え、その後IPOするというケースも出てきている」と指摘。大企業とスタートアップの関係性は、より多様な形へと進化していることがうかがえます。
南場氏はまた、大企業自身の変革も求められると指摘します。「必ずしも本業の中核ではない事業を抱え込みすぎている」現状を指摘し、「事業と社員を積極的に外に出し、遠心力を効かせていくべき」と提言。「外部に出して市場メカニズムに揉まれた方が成功するものが多くある」として、大企業側の積極的な変革を促しました。
ディープテック分野への期待と課題——情報革命から技術革命へ
「JVCA会長という立場で、100兆円規模の時価総額という目標を掲げられていますが、実際の状況や課題、それをどう乗り越えようとされているのかについてお聞かせいただけますか」。鈴木氏の問いかけに、田島聡一氏は業界の大きなパラダイムシフトを指摘します。
「まず大きなパラダイムシフトとして、情報革命から技術革命へのシフトが起きています」と田島氏は説明します。「これまで日本のスタートアップの時価総額を支えてきたのはSaaS(Software as a Service)でした。リカーリング性が高く、将来的な収益が予測しやすいことから、企業価値として高く評価されてきた」という状況が大きく変化しつつあるといいます。
現在は「ディープテック企業、例えば宇宙関連のスタートアップなどが大きな時価総額をつける中で、逆説的に、将来収益が予測できることが“期待値を超える成長が見込めない”と評価される傾向が出てきている」と指摘しました。

南場氏も「高さの面での最大の課題は、ディープテックの不足」と指摘します。「諸外国と比べて日本は、ディープテックの比率が非常に低い状況です。ただし、サイエンスのレベルは決して低くありません。世界で戦える研究成果が大学から多く生まれています」と、その潜在力を評価します。
「研究のレベルについて申し上げますと、東京だけでなく地方の大学でも、世界に通用する、あるいはオンリーワンの研究が数多く行われています」と南場氏。特に注目すべき成功事例として、「教授が研究の社会実装のためにスタートアップを立ち上げ、最も優秀な研究者や学生に起業を促す」というモデルを紹介しました。
具体的には、「教授は少しエクイティを取得して創業者となり、チーフサイエンスオフィサーとしてサポート」し、「CFOが必要な場合は、卒業生の中から、例えば外資系コンサルティング会社などで経験を積んだ人材を呼び戻す」というパターンが生まれているといいます。

「日本の技術開発力は抜群にあるのに、コマーシャライゼーションの意識が不足しているように感じますが、これは北米など他国に入り込むことで感覚が身につくということでしょうか」。鈴木氏の問いかけに、南場氏は強く同意します。
「アメリカの大学では、教授になるまでの間はジョブセキュリティがないため、研究者は半分スタートアップのコミュニティに足を突っ込まざるを得ない状況にあります」と説明。「そのため、コマーシャライゼーションのメカニズムをよく理解している。VCとも密接に関わり、自身もその一部となっています」と、米国の事例を紹介します。
この観点から、南場氏は「研究者を海外に送り出すこと」の重要性を強調。「優秀な研究者がスタートアップ先進国の空気を吸うことで素晴らしい企業が生まれるのであれば、徹底的に留学を推進すべき」と提言します。「日本の大学を世界に開くこと」の重要性も訴え、特にディープテックという観点で、「世界への扉を開いていただきたい」と締めくくりました。
10年の実績を経て本格化する支援体制——金融機関の役割とは
「塚原さん、MUFGさんでも時価総額20兆円という高い目標を掲げられ、部署も設置されていますが、この背景について教えていただけますか」。鈴木氏の問いかけに、塚原伸介氏はMUFGのスタートアップ支援の歴史から説明を始めます。
「このスタートアップ戦略部は今年4月にできた部署ですが、実はMUFGのスタートアップ支援は10年前から行っています」と塚原氏は説明します。当初は企画セクション内のプロジェクトチームとして5年間活動し、その後、成長産業支援室へと発展。そして2024年、ついに持株会社に部として設置されるに至りました。
この組織改編には、二つの重要なメッセージが込められているといいます。
「一つ目は、銀行、信託、証券、VC、CVCといった傘下の事業法人によるグループ一体戦略を加速していくということ、そして二つ目は、これまで分かりにくいと評価されていた体制を改善することです」(塚原氏)
9ヶ月間の活動を通じて、塚原氏は「スタートアップのエコシステムは、金融機関とスタートアップの関係だけでなく、投資家、経団連、政府、アカデミア、海外など、非常に多くの関係者が存在する」と説明します。その中で金融機関は「比較的中心的な位置にあり、様々な関係者とつながっている」という認識を示しました。
時価総額20兆円という目標について、塚原氏は「現状から約倍増を目指すという、3年間での野心的な目標」と位置づけます。「金融機関の中には融資残高などを目標にしているところもありますが、私たちはあえて時価総額を選びました」と説明。その理由として「ユニコーンを育てるために資金は確かに必要ですが、資金だけでユニコーンが育つわけではないと考えているから」と強調します。

MUFGがGr一体で支援を行い、大型のIPOを果たした具体的な事例として、塚原氏は宇宙関連企業アストロスケールの例を挙げます。「この宇宙関連企業は、当初シンガポール籍時代から伴走し、その後、大型資金調達ではエクイティやデットファイナンスをMUFGがサポートしました。さらに上場時には証券部門がグローバルオファリングという形で海外投資家を招聘する」など、グループの総合力を活かした支援を実現しています。
「田島さん、VC業界においてデットファイナンスの存在感は徐々に増してきているように感じますが、いかがでしょうか」。鈴木氏の問いかけに、田島氏は「存在感は間違いなく高まってきている」と応じました。 「金融機関の融資ビジネスも変化してきており、過去の実績だけを見て融資を行うのではなく、未来の可能性をしっかりと収益として取り込んでいく必要性が認識されてきている」と田島氏は指摘。これは「VC業界でも、蓋然性を見て投資するだけでは不十分になってきている」状況と軌を一にしていると語りました。
今後の展望——オールジャパンで挑むスタートアップ立国
「これから日本のスタートアップ・エコシステムをより大きく、より活気づけていくために、皆様が関心を持たれているポイントと、それに向けた活動について教えていただけますでしょうか」。鈴木氏の問いかけに、登壇者それぞれが思い語りました。
田島氏は、イノベーションの本質について重要な指摘を行います。「イノベーションとは、10人中9人が気づいた段階ではもはやイノベーションではない」として、「10人中1人しか気づかないものこそがイノベーション」だと強調します。この認識から、「多数決で意思決定をしているとイノベーティブな案件を全て落としてしまう可能性がある」と警鐘を鳴らしました。
「正規分布の真ん中の部分は全てAIによって価値が下がっていく」という田島氏の分析に、鈴木氏は「合理性の意思決定の先にイノベーションはないわけですね」と共感を示します。
これを受けて塚原氏は、「現在は、日本から世界に出て戦っていこうとするスタートアップを育成していく段階だが、近い将来、そういった成功事例が増えていくと世界の目は日本に向かい、日本には意外と良いシーズがあるという認識が広がり、世界の起業家やマネーが日本に集まってくる」という好循環の可能性を示唆します。

セッションの締めくくりとして、鈴木氏は各登壇者に最後のメッセージを求めました。菊川氏は「全力でスタートアップを支援していきます」と力強く語り、南場氏は「スタートアップがイノベーションの核となり、真のイノベーションを起こすことが重要です。“スタートアップよろしく”ではなく、大企業の皆さんにも本気で挑戦していただければ、スタートアップの高さも上がっていく」と、エコシステム全体への期待を込めます。
塚原氏は「今日は高さを出すという話が中心で、ユニコーンに強いMUFGという印象が出てしまったかもしれませんが、私たちの基本姿勢は全方位、全成長ステージの皆さんをサポートすること」とした上で、「皆さんと一緒に挑戦できる国を作っていきたい」という展望を示しました。