
CVCが創る新エコシステム——次世代が語るその役割【01Booster Conference 2024レポート】

2018年頃から急増した企業のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)は、この5年間で投資額が3倍以上に拡大し、スタートアップエコシステムの重要な担い手となっています。新規参入のCVCから老舗CVCまで、各社の知見と経験から見えてきた成果と課題、そしてこれからのCVCの在り方について、現場の最前線で活躍する3名の実務者が語り合いました。
セッション「Next Generation CVC~これからのCVCはスタートアップにとってどういう存在になるか~」に登壇したのは第一三共ヘルスケアの時久航一氏、ポーラ・オルビスホールディングスの前澤早紀氏、京都キャピタルパートナーズの村田義樹氏。ゼロワンブースターキャピタルのパートナー、立山冬樹がモデレートを務めました。
進化するCVCの役割
CVCの存在感は、この10年で大きく変化しています。
2014年時点で358社だった事業会社による投資部門は、2023年には1044社へと急増しました。これは同時期の独立系ベンチャーキャピタルの成長(60社から168社)を大きく上回るペースです。投資金額でも、2016年までは年間600億円から700億円程度で推移していた事業会社からの投資が、2023年には2300億円規模にまで拡大しています。
この成長の背景には、オープンイノベーションの考え方が日本企業に浸透してきたことがあります。2003年に提唱されたオープンイノベーションの概念は、2014年以降の政府による戦略的イノベーション創出プログラムや、2018年のJ-Startupプログラムなどを通じて、具体的な形となって実を結びつつあります。
さらに、2016年からの働き方改革や2020年からの新型コロナウイルスの影響は、企業に既存の事業モデルの見直しを迫りました。
第一三共ヘルスケアの時久氏が指摘するように、CVCは今や「単なる投資家」ではなく、スタートアップと「共に戦う総合格闘技のパートナー」としての役割が求められています。
投資サイクルの一巡を迎え、CVCの役割も進化しています。
ポーラ・オルビスホールディングスの前澤氏は「スタートアップと大企業をエコシステムの中で繋いでいくハブの役割」を重視し、京都キャピタルパートナーズの村田氏は「事業会社とスタートアップの間のミスマッチを解消する」機能を担っていると語ります。
一方で、この役割の進化に伴い、新たな課題も浮き彫りになってきています。通常の事業サイクルが3年から5年程度であるのに対し、スタートアップ投資は8年から10年という長期的な視点が必要です。この時間軸の違いは、事業会社内での理解促進や、成果の評価方法において重要な論点となっています。
CVCは今、単なる投資部門から、イノベーション創出の中核的な担い手へと進化する過渡期にあります。その役割は、資金提供者としてだけでなく、スタートアップの成長に深く関与するパートナーとして、さらには日本のイノベーションエコシステム全体の発展を支える存在として、より重要性を増しているのです。
独自性を活かしたCVCモデル

今回登壇した各社は、それぞれの事業特性や強みを活かした独自のCVCモデルを展開しています。その形は多様であり、そこにCVCの可能性の広がりを見ることができます。
第一三共ヘルスケアは、新規事業開発に特化したCVCとして立ち上げを目指し、ユニークなポジショニングを確立しようとしています。ヘルスケア領域を基軸としながらも、エンターテインメントなど異分野との掛け合わせによる新価値創出にも注目。「ロキソニン」や「ミノン」などのブランドという強みを持ちながら、それに頼りすぎない新しい価値創造を目指しています。
ポーラ・オルビスホールディングスは、約45社への投資実績を持つ経験豊富なCVCとして、独自の成長を遂げています。
投資先の約3割でCVCとしては珍しいリード投資家としての役割を担い、積極的な関与を行っています。特徴的なのは、化粧品メーカーとしての専門性を活かしながらも、投資領域を「ウェルビーイング」という広い概念で捉え、柔軟な投資判断を行っている点です。さらに、スタートアップスタジオの立ち上げを通じて、より戦略的な新規事業創出にも挑戦しています。
京都キャピタルパートナーズは、地方銀行系CVCという立場を最大限に活かした独自のモデルを確立しています。投資先の6〜7割が関西圏の企業であり、特に大学発のディープテック企業が多いという特徴があります。
銀行の取引先企業とスタートアップのマッチングを積極的に推進し、地域経済の活性化にも貢献しています。2024年には100億円規模の新ファンドを設立し、より大型の投資にも対応できる体制を整えました。
CVCが抱える「財務とシナジー」の両立

スタートアップ投資において「お金」は最も基本的でありながら、最も重要な要素です。スタートアップでの勤務経験を持つ第一三共ヘルスケアの時久氏は、その本質をこう説明します。
「新規事業は人・物・金の総合格闘技です。スタートアップにおいて最も苦しい部分は、お金です。このタイミングで1,000万なければ来月この人は放出しなければいけない、そういった現実に直面します」(時久氏)。
こうしたスタートアップ特有の「時間を意識した」ランウェイの認識は、CVCの投資アプローチにも大きな影響を与えています。
というのも一般的に独立系のファンドが求める純投資と異なり、事業会社の出資には概ね「シナジー」が求められます。しかしそのシナジー効果を見定めるのは容易ではありません。そのバランスをどう取るのか?
この点、ポーラ・オルビスホールディングスでは、財務リターンと戦略リターンの両立を重視しながらも、まず財務面での基準を設けています。
「事業会社として企業価値向上を目的とするため、中長期的な戦略的リターンは大切にしつつも短期で意図した戦略的リターンを生むことは非常に難しいと感じています。そのため、少なくとも自社の資本コストレベルでの財務リターンは必須と考えバランスよく戦略設計をしております。これは、スタートアップの資金ニーズに迅速に対応しつつ、事業シナジーについては別途じっくりと検討するという実務的な解決策です。
何よりまずは投資先スタートアップの皆様が当社と何か取り組みを進めたいと考えていただくためにも、まずは戦略的リターン以上に投資先のバリューアップを行い関係性をしっかりと構築することが最重要と考えております」(前澤氏)。
このようにCVCにおける「お金」は、単なる投資リターンを超えて、スタートアップとの関係構築や、イノベーション創出のための重要なツールとして位置づけられています。これがCVCという存在を知る上で最も基本的かつ、重要な視点になります。
成功のカギを握る社内連携

こうしたCVCの成功にとって、社内での理解促進と協力体制の構築は避けて通れない課題です。特に自社の専門分野で強みを持つ事業部門に対して、スタートアップとの協業の価値を理解してもらうことは容易ではありません。
第一三共ヘルスケアでは、この課題に対して「事業部門の邪魔をしない」という明確な方針を打ち出そうとしています。予算や人員を独自に確保し、事業部門に負担をかけることなく施策を実行。その上で「ブランドのイメージや物を活用させていただく」という形で協力を仰ぎ、成果で示していくアプローチを取っていくそうです。
一方、ポーラ・オルビスホールディングスは、より積極的な対話の場づくりを進めています。
「2024年7月にイノベーション施設を開設し、投資先スタートアップの方々と日々肩を並べて仕事ができる環境を整えております」(前澤氏)。
代表や取締役 が直接スタートアップと交流する機会を設け、投資先と共催でピッチコンテストなども開催。
京都キャピタルパートナーズは、京都銀行が銀行取引先とスタートアップビジネスをマッチングする「LINK∞S(リンクエス)を制度運用する中で、銀行職員や銀行取引先とスタートアップの文化的な隔たりを埋める役割を果たしています。「Web3やSaaSって何ですか」(村田氏)という基本的な疑問から丁寧に説明し、スタートアップビジネスの理解促進を図っています。その結果、従来は融資の対象とならなかったスタートアップへの支援の道が開かれ、新たな協業の可能性も生まれていると言います。
CVCが創る新たなエコシステム
かつてCVCは、単に事業会社の「投資窓口」として機能していました。しかし今、それは大企業とスタートアップの「共創の場」として進化しつつあります。ポーラ・オルビスホールディングスの前澤氏が語る「スタートアップと大企業をエコシステムの中で繋いでいくハブ」としてのイメージがそれです。
企業本体が投資するよりも、こうしたハブをひとつつくることでその連携に柔軟性が生まれるからです。結果としてイノベーション施設の設立や、マッチング制度の確立、人材交流の促進など、より多面的なアプローチが可能になりました。
CVCは今、スタートアップと大企業の単なる仲介者から、イノベーションエコシステム全体の触媒へと進化しようとしています。それは、日本企業の新陳代謝を促し、新たな価値創造の基盤となる可能性を秘めています。多様な形で発展するCVCの存在は、日本のイノベーション創出力を高める重要な鍵となっているのです。