<鼎談>日本海ガス 新田×レオス 藤野×01Booster 合田 :北陸から考える、地場企業とスタートアップのオープンイノベーション
日本各地で企業とスタートアップが共創するオープンイノベーションが活発化する中、その旗振り役的存在は、地域金融機関とエネルギーやインフラ系の企業でしょう。こうした企業は商圏が広く、地域社会で重要な役割を担っています。一般的な民間企業なら競争の中でどう勝つかを考えますが、公共性の高い企業は、地域にとって、まず何が必要かを考えます。
そんな彼らは激しい変化よりもサステナブルな事業運営を心掛け、彼らの顧客もそれを望んできたわけですが、そうとも言っていられない社会変化が起きています。都市部への人口流出、そもそもの人口減少、地球温暖化防止への動きを受けたエネルギー消費の変化などです。企業として生き残るためには、新たな事業創造とそのための人材育成が必要になります。
富山県をはじめとする北陸地域を商圏とする日本海ガス絆ホールディングスが、スタートアップとの共創事業に着手したのもそんな考えからです。同社はこれまで、シェアオフィスの運営、スタートアップへの投資を行ってきましたが、こうした活動をさらにもう一歩進め、コーポレートアクセラレーターの運営を始めました。
日本海ガス絆ホールディングスがアクセラレーターを通じて何を実現したいと考えているのか。そして、地元・北陸のどのような課題を解決したいと考えているのか。
今回初めてアクセラレーターを展開された、日本海ガス絆ホールディングス代表取締役社長の新田洋太朗氏に話を伺いました。また、ピッチコンテスト審査員の一人を務めたレオス・キャピタルワークス代表取締役 会長兼社長 CEO & CIOの藤野英人氏、アクセラレーター運営を支援した01Booster代表取締役CEOの合田ジョージ氏にも話に加わっていただきました。
北陸の生活は豊かだが、豊かすぎることが課題を生んでいるかもしれない
ピッチコンテスト審査員の一人を務められた藤野氏は富山市内の生まれで、ファンドマネージャーとしての経験はもとより、この地域のビジネス環境にも明るい人物です。富山県は人口減少や少子高齢化が進む中、発展に向けたビジョンや戦略を策定するため、2021年に「富山県成長戦略会議」を設置し、藤野氏はその委員の一人も務められています。
北陸の外からこの地域を見たとき、そのポテンシャルの高さに圧倒されます。日本海の幸、米どころ、有名温泉地の数々はもとより、決して交通が便利ではなかった時代から、雪に行く手を阻まれる冬でも付加価値のある事業が続けられる「富山の薬売り」は現代にも息づいています。しかし、この地域にも起業家を増やす上で課題は少なくないと藤野氏は言います。
藤野氏:富山は、経済的には非常に豊かです。所得で見ても、大都市に続くポジションで、地方としてはトップクラス。でも、一方で、不名誉なことですが、女性の県外流出率もトップクラスです。経済的に豊かであるからといって、すべてが順調というわけではないのです。何かが足りていない、何か問題があるのです。経済やお金だけに起因するものではないと思います。
足りないものとは、わくわくするような要素、期待や興奮を感じる要素だと感じます。わくわくじゃない状態というのは、未来が既に決まっていると感じてしまうような状態だと思います。若い時期に自分の将来が見えてしまうような状態。スーパーマンみたいに優れた人たちが地元に残るので、そうではない人は居づらくなってしまう傾向があるのです。
先達の人々が努力してきた結果として、安定したビジネスが多く生まれ、それがこの地域の安定した経済発展を支えてきました。しかし、それが逆に不確実性を許容しない負の側面を生み出しているのだ、とも藤野氏は言います。スタートアップや起業という、明日をも知れぬ未開の地に足を踏み入れるのは、この地域で生まれ育った人には障壁があるのかもしれません。
藤野氏:富山というと、みんな立山連峰が好きなんですね。住んでいる人々はもちろん、その美しさを認識しています。しかし一方で、若い世代、例えば高校生の女の子とかが、あれが一番自身の先行きを阻む障害のように見えるそうです。彼女たちにとって、立山連峰は壁のように見えて、あの壁の外に行きたいと思うわけですね。
個々人の自由な人生を尊重する考え方が広がっていますが、これはスタートアップにおいても欠かせないものです。スタートアップを始める際には、新しい社会課題に対して取り組むけれども、まだ誰も取り組んでいない領域にもチャンスがあります。ただ、誰もやっていないことは、社会の共感を得るのは難しい。地方では潰されてしまうのです。
ここで重要になるのは、起業家やその卵を見つけ、彼らを引っ張り上げる目利きの存在です。東京は長年かけてそういう素地を作ってきたわけですが、富山をはじめ地方にはそういう人々がまだ足りません。日本海ガス絆ホールディングスや地方金融機関などが地方でアクセラレーターを展開するのには、そういった観点からも意義深いものがあると言えるわけです。
80年続く会社を、どう変えていくか
日本海ガス(当初の社名は日本海瓦斯)が創業したのは、今から80年以上前の1942年のことで、それ以来、富山県・石川県を中心に都市ガスやLPガスを供給しています。2016年に電力やガスの小売が全面自由化されたのを受け、2018年に持株会社と事業会社の分離を図り、日本海ガス絆ホールディングスが設立されました。
日本海ガス絆ホールディングスは昨年、2030年の目指すべき姿を示した「NEXT Vision」の実現のために、2022〜2024年で達成すべき目標や経営ビジョンを取りまとめた「中期経営計画」を発表しました。日本海ガス絆ホールディングスがアクセラレーターに取り組んだ理由を明確にするためにも、中期経営計画で挙げられた5つの経営課題を見てみることにしましょう。
日本海ガス絆ホールディングスの中期経営計画で挙げられた5つの経営課題
- 社員の成長支援・多様な働き方への対応
- 既存事業の収益性向上と規模の拡大
- 総合エネルギーグループへの進化
- トータルライフ事業の実現
- 新たな事業の創出
この中でも特にスタートアップとの共創という文脈で注目すべきなのが、最後にある「新たな事業の創出」です。具体的には「効率的な事業運営により、グループのリソースを有効活用して、新たな事業領域に進出している」とあります。新田氏は、日本海ガスという会社を中から変革すべき必要性について語ってくれました。
新田氏:新規事業の創出と既存事業のアップデートが、会社としては本当に大きな課題だと思うんですね。だから、いろんなスタートアップの人たちのアイデアを取り入れつつ、既存事業については、なるべくデジタル化して、少ない人数でも運営できるようにしていく。そこで捻出できた人材は、新しい事業に従事してもらうようにしたいと考えています。
私は会社の中で若い方なのですが、ミドル層の多くは、やはり祖業のガス事業に抜きん出た人が多いです。アクセラレーターへの参加を通じ、これからこのグループが新しいことをやっていかないとけないという現実に関わってもらったことで、彼らの目線も上がったのではないでしょうか。今までの延長線上でなくても、新事業を積極的に開拓していくという考え方です。
弊社のミドル層の多くは、普段、社員を率いている部長や課長ですが、我々の事業とスタートアップを繋ぐカタリストとして活動してもらったことで、この4ヶ月半のプログラムの中で、自分の普段関わっている本業とは全く違ったところに時間を使ったり、スタートアップと共に汗をかいたりすることに抵抗が無くなったのではないかと思います。
日本海ガスは製造業ではないものの、エネルギーを安定的に顧客に届けることに心血を注いできたので、「やっぱりうちも技術の会社なので…(新田氏)」とことわりつつ、これまではキャリアプランも「この道一筋」的なものに限定されていたそうです。同社では、事業が多様化すれば、キャリアプランも多様化し、社員の幸せにも繋がるだろうと期待しています。
北陸の課題は、全国の地方の課題でもある
地方のスタートアップ界隈に出かけると、最近、よく耳にする言葉があります。それは、「日本のGDPは、地方が7割」というもの。面積で言えば、日本の都市部は全体の5%程度、そこに全人口の半数弱の人々が暮らしていて、情報の発信量の違いなどから、我々は都市部の活動に意識が向かいがちですが、実は地方の総和の方が市場が大きいではないか、というわけです。
スタートアップが手がけるビジネスの多くは、我々の目の前にあるペインを解決しようとするものです。地方には都市部では考えもつかないようなペインがあり、そこは地方のスタートアップが力をふるうことができる独壇場と言えます。地方のペインには共通項も多いので、北陸で生まれたサービスを横展開できれば、大きな市場獲得に繋がる可能性もあるでしょう。
インタビューの冒頭で、北陸地域が持つ課題を藤野氏に提起いただきましたが、同じような課題は他の地域にも散見されると言います。
藤野氏:私、実は愛知県にいたこともあって、この地域にも、ちょっとダイバーシティの面で課題があります。似たような研究はよくされているのですが、トヨタに代表される自動車産業が活発な愛知県と、今回、話の舞台となっている富山県は、両方とも女性が抱える問題において共通しているところがあると思うのです。
製造業が盛んな地域ほど、女性が暮らしにくいところがあるんです。(製造業より)商売が盛んな地域の方が、女性が働きやすい環境があります。製造業が強い地域では縦社会になりがちだからです。愛知県の中でも名古屋を中心とした尾張の方(愛知県の西側)は商売が目立っているので、商売をしている人たちの方が比較的スタートアップしやすい傾向がありますね。
愛知県の東側(製造業が強い三河地域)と富山県の問題点はよく似ています。富山も製造業では安定していますが、保守的な社会や社会性を生み出しやすい。僕はスタートアップをする人は、育成できるものではないと思っています。どの地域にもスタートアップする資質を持った人は一定の確率でいて、それを愛でる文化、育てる文化があるかどうかにかかっています。
北陸・富山のスタートアップ、スタートアップと共創しようとする企業、スタートアップを育成するエコシステムを構成する全ての要素は、この地域に閉じていたのでは新しい動きは生まれてきません。さまざまな地域と交流し、地域の外から地域を俯瞰する視点も重要になってきます。全国各地でアクセラレーターを展開する合田氏にも聞きました。
合田氏:今回、日本海ガスさんと富山でいろんな実証実験をやってみようとか、事業共創に繋がりそうな話がかなり進んだと思います。富山は当然ながら素晴らしい場所ですが、同じような課題は日本の他の場所にも多くあるので、富山でできることは当然ながら他の地域でもできると思うのです。
仙台も、宇都宮も、群馬なども、頑張ってやっておられますし、富山での動きが他の地域にも広がっていけば、いいモデルケースになります。地域ごとではなく、地域間で団結して一緒にやりましょう、というような動きも出てきているので、そういった活動で互いに行き来できるようになるといいかもしれません。
地域のコミュニティが活気付くかどうか、成功モデルを多く生み出せるかどうかは、実は他の地域とどれだけ交わるか、他の地域から来た人たちをどれだけ受け入れるか、言わば、異種を受け入れる懐の深さにかかっていると言えるかもしれません。一部では、全国の地域を繋ぐプラットフォームの構想も持ち上がっているという話も聞きます。
藤野氏によれば、いろんな地域で都道府県を超えた地域リーダーの集まりが増えているそうです。三井不動産とNewsPicks Re:gionは今年、東京・八重洲の東京ミッドタウンで、地域経済創発プロジェクト「POTLUCK YAESU」を立ち上げ、全国の地域コミュニティを繋いだイベントやネットワークの運営を始めました。
藤野氏:いろんな地域の人と話をしていると、課題が重なっていることがわかります。高齢者の問題、健康の問題、食べ物に関する問題が特に多い。それぞれの地域がお互いを知らず、視点がちょっと違うだけで、実はみんな同じことで困っているのではないかと思うのです。みんな東京へ出張に行くのですが、東京に行ったところで、そういうことはわからないですよね。
それより、地方での成功事例が多くあって、正解に近づいているところがあるので、そういったところから学んでいくことが大切です。もちろん、地域特有の課題は存在しますが、7〜8割は共通の課題です。大事なのは地域課題に囚われ過ぎないことです。地域だけで解決策を見つけられないことが多いからです。何が課題かよりも何が強みかを徹底的に磨くべきです。
実際、今回アクセラレーターに採択されたスタートアップ6社は全て、東京、大阪、岡山など北陸地域外からの参加でした。自分たちの技術やサービスが、ペインに直面する地方の現場でどう役立つかを試してみたかった、ということでしょう。こうした他地域のスタートアップの参加が、富山発のスタートアップ誕生の土壌づくりにも貢献することはいうまでもありません。
日本海ガス絆ホールディングスは今回の初めてのアクセラレータ開催を経て、今後、さらにスタートアップの共創に注力することになりそうです。同社の今後の共創の展望について新田氏に伺いました。
新田氏:北陸地域には魅力的なことがいっぱいあると思うんです。「先用後利」と言いますが、富山の薬売りのように、まずは商品をお届けして、お金を後からもらうという県民性。信用を重視して、人は真面目というのが強い地域だと思います。ですから、地域外から全く知らない人がやってきても、割とちゃんとビジネスができる土地柄・人柄だと思っています。
ぜひ、そういったところにやってきて、働きたいと思う人が地域外からもどんどん集まってくる地域になっていけばいいと思っていますし、そのために地域の魅力を上げて行く必要があると思っています。可能なら、来年から予算を作るなり、専任の人を当てるなどして、よりスタートアップとの共創に力を入れていきたいと思っています。
ギブしてテイクする、という先用後利の発想は、ある意味で、スタートアップエコシステムに求められる「ペイフォワードの精神」に通じるものがあるかもしれません。スタートアップがもたらしたアイデアが、北陸・富山の地域にどう社会実装されていくのか要注目です。
アクセラレーターに参加したスタートアップ各社のピッチは、こちらでご覧いただけます。