経営戦略と接続する新規事業制度 ──リコー×三菱地所が語る「企業の力を事業に変える仕組み」とは

新規事業制度を導入する企業が増加する一方で、「制度はあるが事業が生まれない」「PoCで止まる」「経営と現場の温度差が大きい」「予算や人材が動かない」といった課題を抱える企業も少なくありません。
本記事では、「新規事業大会議」(2026年4月16日/幕張メッセ)で行われたセッションの内容をもとに、そのポイントを整理します。リコーと三菱地所、それぞれ異なる立場で新規事業推進を担う2名が登壇し、単なる制度論ではなく、「なぜ新規事業は経営と接続できないのか」「どうすれば資源を動かせるのか」という、より実務的な論点について白熱した議論が行われました。
登壇者

その後、新規事業開発や事業立ち上げを経験し、現在は社内新規事業・オープンイノベーション統合プログラム「TRIBUS(トライバス)」を推進。カーブアウトや事業譲渡も含めた制度設計・運営を行っている。

CVC「BRICKS FUND TOKYO」を立ち上げ。社内新規事業制度の事務局も経験し、客員起業家による事業創出を目指すスタートアップスタジオの取り組みを立ち上げ。スタートアップ投資・M&A・事業共創などを通じて、企業変革に取り組んでいる。

物流領域の新規事業、CVC立ち上げ、オープンイノベーションプログラムなどを推進した後、2024年より01Boosterへ参画。現在は事業会社のイノベーション創出支援に取り組む。
イントロダクション
最大の難所は「経営資源の投下」と「仕組み化」
大企業から新規事業を生み出すことは「永遠の問い」とも言える難題です。
事業の種を作ることは仕組み化できても、それをスケールさせるための「資源投下」には個別性が伴い、経営陣との間でディスコミュニケーションが発生しやすいためです。
この課題に対し、リコーは社内ビジコンとスタートアップ協業を統合し、無理に新規事業を起こすのではなく「イノベーションが起きる環境づくり」を推進。一方の三菱地所は、CVCを「知の探索ツール」と明確に位置づけ、イノベーションの全体像をマップ化することで経営陣との対話の土台を構築しています。
■ 橋本氏(三菱地所)
「社内新規事業は難しい。経営資源の投下も難しいし、いろんな仕組みがガチガチになってる中で、本当に大企業から新規事業って生まれるんだっけ?というのは永遠の問いだと思っています。CVCを作った時、社内に説得が大変でしたが、『CVCはあくまで知の探索のツールです』という説明をしながら作ったファンドになっています。イノベーションのポートフォリオマップを整理して、CVCはここ、新規事業提案制度はここ、M&Aはここみたいなことを整理してあげると、経営陣とのコミュニケーションは非常に取りやすい。」
■ 森久氏(リコー)
「プログラムの始めにあたっての弊社の課題感は大きく3つありました。『新しい事業創出をしないといけない』『研究所シーズをスタートアップとの共創でサービス化したい』『社内エンゲージメント・共創の場が必要』。これに応える形で統合型プログラムが生まれました」 「社内新規事業プログラムとスタートアッププログラム、別々の部署でやってる会社さんは多数あると思いますが、これらをまとめてやることによって、お互いが相乗効果を起こし、社内の多くの社員にも伝わっていくことを狙っています。
イノベーションを起こすだけでなく起きるような環境にしていくことが大事と考えています。それに対して巻き込まれる人であったりとか、巻き込まれる組織がいるという状態にしていく必要がある」
経営陣との共通言語作りと
継続的な泥臭い対話
経営陣から適切な資源投下を引き出すための第一歩は、「イノベーション」という言葉の定義を社内で統一することです。役職や立場によって異なる認識を言語化し、目線を合わせることが全てのスタートになります。
さらに、いざ決裁が必要な時だけ説明に行くのではなく、日頃から役員の課題感に耳を傾け、自社の経営状況を読み解きながら「やりたいことと会社が求めていることの合致点」を探る、泥臭いコミュニケーションが欠かせません。
■ 橋本氏(三菱地所)
「新規事業とかイノベーションっていう言葉の定義が本当に人によって違います。役員によっても違いますし、社長と役員も違うし、役員と部長も違うし、部長と課長も違う。これをちゃんとやっぱりまず合わせないと、もう全然議論の目線が合わないんです。
だからこそ、自分が考えるイノベーションとは何か、三菱地所にとってのイノベーション・新規事業とは何かを言語化して、一回これで定義してみましょうということでやっていきました。
シナジーという言葉はあまり使わないようにしています。シナジーは人によって解釈がかなり曖昧だからです。
その代わりに、私では『戦略リターン』という言葉を使っています。例えば、有望なスタートアップとの接点を得ることや、新しい市場変化を早く察知すること、将来の事業機会につながる知見を得ることも、大切な戦略リターンの一つとして捉えています。」
■ 森久氏(リコー)
「毎年毎年、各役員とかグループ会社の代表に対して、このプログラムに対して率直にどう思っているかを聞いています。役員の所管事業の課題は何か、そこに対してこのプログラムで役立てることはないか。これをずっと繰り返しているんです。
必要な時だけ話しに行くのではなく、普段から継続的にコミュニケーションしておくことが大事だと考えています。
会社が今置かれている経営状況を読み解いて、そこの戦略と整合が取れる形に仕立てていく。TRIBUSとしてやりたいことと、会社が求めていることの合致点をうまく作っていくことが求められます。」
事業成長を加速させる
「本気の資金投下」と適切なマイルストーン設定
新規事業をスケールさせるためには、検証段階(PoC)で足踏みすることなく、次のフェーズへ力強く進むための適切な予算設計が不可欠です。
限られた資金で背水の陣で挑むスタートアップの環境をあえて社内に取り入れ、「この資金で次へ進めなければ終わり」という明確な基準を設けること。そして、初期段階から黒字化までのキャッシュアウト全体像を事業チームに意識させることで、社内起業家の本気度を引き出し、事業の自立を力強く促す仕組みづくりが求められます。
■ 橋本氏(三菱地所)
「昔は誰も判断できない『PoC地獄』みたいな状態になっていました。飛び地であるToC事業やソフトウェアサービスなど、社内に良し悪しを判断できる人がいない。よくわからないけど頑張っているから応援しようとなって、予算だけが積み上がっていったんです。
スタートアップは本当にリスクを取っています。VCなどからリスクマネーの調達もします。構造的にリスクを取れないサラリーマンが同じように戦って勝てるわけがない。
スタートアップと同じようにやるなら、例えば『3,000万円使い切ってマイルストーンを達成できなかったら終わり』みたいなシンプルな設計にした方がいいと思います。」
■ 森久氏(リコー)
「プログラムで採択した事業チームには、黒字化するまでの計画において会社として全体でいくらキャッシュアウトする必要があるのかを出してもらいます。これによって全体感なく単発の『予算要求』を繰り返すという形をしないようにしています。
スタートアップのように資本金の中で何をやるのかという全体感にし、自分たちでマイルストーンを立てて達成できるかどうかを見る形にしています。」
どこで戦うか?
「飛び地」への投資と「既存の染み出し」

新規事業をどの領域に張るべきかという「戦う場所」の議論も重要です。
足元の売上を作るためには既存事業の「染み出し領域」が有効ですが、それだけでは10〜20年後の劇的な環境変化には対応できません。 変化の兆しを掴むための「炭鉱のカナリア」としてCVCを活用し、世の中の動きから逆算して「飛び地」に投資する。
その一方で、現場とスタートアップの連携においては「リバースピッチ」を用いてリアルな課題を提示させるなど、時間軸と目的に応じたポートフォリオ管理が鍵となります。
■ 橋本氏(三菱地所)
「とはいえ、我々は変化していかなければいけません。だからこそ、新たな市場や染み出し領域における事業機会を探す必要があると思っています。
スタートアップがひしめく領域と戦おうとしたら、既存大企業の仕組みでは勝てない。
CVCは『炭鉱のカナリア』。社会やテクノロジーに変化があった時に、真っ先にアラートを出して、向かうべき先を示してくれる存在だと思っています。だからこそ、『自社にどう役立つか』ではなく、『世の中がどう変わるか』から逆算して投資することを徹底しています」
■ 森久氏(リコー)
「スタートアップ連携において、抽象度の高いテーマだと現場との期待値がズレてしまうため、リバースピッチで、事業部門自ら『自分たちが取り組もうとしている課題』を出してもらう形に変えました。
社内起業側でも、個人の想いに寄りすぎることによって会社の力を生かすというところから離れてしまうため、会社のビジョンを少し噛み砕いた領域に対して、社内新規事業の募集をかけるようにしたという工夫をしています。」
既存事業が縮小する企業へのリアルな助言
セッションの最後には、「既存事業が縮小し、追い詰められた状況で新規事業を始める企業へのアドバイス」という切実な質問が寄せられました。
追い込まれた状況は、本気で変革に取り組むための絶好のチャンスでもあります。ダイバーシティを推進して大胆に「外部の血」を入れ、トップダウンで最速の手段を決断する。
そして、もし経営層にその覚悟がないのであれば、起業家精神を持つ人材は「逃げる」こともひとつの正解であるという、実務家ならではのリアルなエールが送られました。
■ 大庭氏(ゼロワンブースター)
「既存事業が縮小している会社こそ、本気で新しいことをやろうとなるというポジティブな側面もあります。危機感を持っている若手・中堅社員を仲間にして、会社を動かしていくのは非常に面白い挑戦だと思います。」
■ 橋本氏(三菱地所)
「オープンイノベーションとは、スタートアップと組むことだけではない。ダイバーシティであり、これまでなかった人材、考え方を受け入れることです。新卒一括採用、終身雇用による均質な組織ではイノベーションは生まれません。大胆に外の血を入れ替えていくことで新しい発想が起きます」 「また、『ビジコンをやれば解決する』『CVCを作れば新規事業が生まれる』みたいに、一つの仕組みで全部解決できると思わない方がいいですね。」
■ 森久氏(リコー)
「スピード感が求められるなら、どの手段が最適かを会社状況に応じて考える必要があると思います。M&Aなども含めて親身に考えるべきです。そういう状況では、トップダウンとリーダーシップがかなり重要になります。」
おわりに
「魔法の杖」はない
最前線の推進者に求められる覚悟
新規事業を成功に導くための「絶対的な方法論」や「魔法の杖」は存在しません。今回のセッションを通じて浮き彫りになったのは、「ビジコンやCVCを作れば解決する」といった安易な仕組み論ではなく、泥臭く経営層と握り合い、自社にとって最速・最適な手段を選び抜く推進者の「覚悟」でした。
最後に、モデレーターの大庭氏から全国の新規事業推進者へ向けられた力強いメッセージで、本記事を締めくくります。
■ 大庭氏(ゼロワンブースター)
「経営をどういうふうに握って、どういうふうな落とし方をするか。まさにそこに皆さん最前線にいらっしゃるんだと思います。今日の話が何かのヒントになれば嬉しいです。」