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農業で脱炭素、フェイガーがJAとの共創で得たもの

左からAgVenture LabでJAアクセラレーター事務局を務める大岡浩之さん、フェイガー代表取締役CEOの石崎貴紘さん、AgVenture Lab代表理事理事長の荻野浩輝さん

JAグループが東京・大手町で運営するイノベーションラボ「AgVenture Lab」。同ラボが2019年から毎年運営するJAアクセラレーターでは、食や農、くらしなど、さまざまな領域で社会課題の解決に取り組むスタートアップを支援しています。特に、スタートアップの一社一社に対してJAグループ職員が伴走しながら支援する制度が特徴的で、これまでの5期で合計43社のスタートアップを支援してきました。

今回は第5期に採択されたフェイガー代表取締役CEOの石崎貴紘さんと、AgVenture LabでJAアクセラレーター事務局を担当する大岡浩之さんに話を伺いました。

農業から脱炭素に取り組むフェイガー

フェイガーは、農業由来カーボンクレジットの生成・販売を手がけるスタートアップです。カーボンクレジットを生成する側、つまり、温室効果ガスを吸収したり、削減したりするには、手間とコストがかかるため、費用面でのサポートが必要であったり、心理的なハードルがあったりするものです。

そこでフェイガーでは、農家に通常の農法に対して追加的な取り組みを行うことで温室効果ガス削減に貢献できることを伝え、それをカーボンクレジットという形に具現化することで、農家にも金銭的なメリットやモチベーションをもたらしています。

植物を育てる農業は、環境には優しいと思われていますが、課題もあります。

農業調査機関によれば、二酸化炭素よりも温室効果が25倍高いメタンガスのうち、人間活動から排出される全体量の45%が水田の土壌から生まれることがわかっています。これは水田の土壌に含まれるメタン生成菌の作用によるものですが、稲作中に実施される中干し(出穂前に一度水田の水を抜いて乾かすことで、稲の根元からの枝分かれを抑制するための作業)を1週間ほど延ばすことで、メタン発生を3割ほど抑制できることがわかっています。

フェイガーが、カーボンクレジットの調達先としているのは、稲作が行われている国々。日本はもとより、ベトナム、ラオス、ミャンマー、タイ、ウガンダ、アフリカなどです。こうした国々の農家にメタン発生の抑制によってカーボンクレジットを生成してもらい、フェイガーがそのクレジットを買い取っています。カーボンクレジットを取り扱う事業者の中には、供給側と需要側を仲介する取引所が多くいますが、フェイガーはあくまでクレジットを買取り、需要家が多くいる先進国の企業に販売します。

石崎さん: (農家さんから見ると)生成されたカーボンクレジットは、僕らが全部購入します。そして、僕らの責任とリスクにおいて企業に販売します。購入ではなく仲介する形ですと、在庫リスクが農家さんのものになってしまうんです。売れなければ、お金は支払われません。でも、農家さんはクレジットを自分で売ることはできないじゃないですか。僕らの場合は全部一旦引き受けて、僕らが売り切るんです。

農家さんにやっていただくことは脱炭素に貢献する活動であって、クレジットを販売するのは僕らのようなデベロッパーの役割だと思っています。僕らが農家に収穫量保証できるわけではないので、農家さんには農業を通じた取り組みをしてもらうしかない。でも、それが完了したらお金は支払われるべきで、クレジットを売れるかどうかは、僕らの販売活動の範疇だと考えています。

それぞれのプレーヤーは、役割に応じてリスクを公平・平等に取るべき。フェイガーという社名も、この「公平・平等」という意味の古英語に由来していて、石崎さんや石崎さんのチームが、事業を営む上で何を大事にしているかを窺い知ることができます。

環境保全や脱炭素に貢献したら、皆からただ「ありがとう」と言ってもらえるだけではなく、カーボンクレジットという経済的なメリットもある形で還元される——このビジネスモデルにも、フェイガーが持つカルチャーが深く根付いているように思えます。

JAアクセラレーターへの参加

石崎さんがフェイガーを創業したのは2022年7月のこと。当初はJAアクセラレーターのことは知らなかったそうです。しかし、ほどなくして、農業に関係する事業を始めたことを知る知人からJAアクセラレーターの話を聞き、石崎さんはプログラムの内容を調べ始め、知れば知るほど、絶対に参加すべきという確信を得たと言います。

そうして、2023年の初め、JAアクセラレーター第5期にエントリーしたところ、フェイガーは映えある採択企業10社のうちの1社に選ばれました。

石崎さん:JAというのは、僕らにとって、協業させていただこうにも誰に話しかけてもいいかわからないくらいものすごく大きな存在です。そんな組織の出島みたいな形で、スタートアップに開かれた場があるのは知りませんでした。そこで支援もしていただける。交渉相手じゃなくて仲間になってもらえる。農業でスタートアップをやっているなら、絶対やった方がいいでしょ、という気持ちで応募しました。

JAアクセラレーターでは、スタートアップとオープンイノベーションを実践するJA側の担当者(伴走者と呼ばれる)は、JAグループ傘下の全国の組織から公募される形を取っています。フェイガーの伴走者には、JA全農、農林中央金庫から4人が手を挙げました。

彼らは通常業務との兼務を続けながら、プログラム期間の半年間にわたって、フェイガーをJAグループ傘下組織に紹介したり、協業の可能性を模索したりするために、石崎さんと共に全国を東奔西走しました。

石崎さん:プログラムが始まった当初は、フェイガーの社員もまだ4人くらいでしたが、そのタイミングで伴走者が(社員と同数の)4人(笑)。僕らのサービスを、仮に農家さん一人ずつにお会いして説明していくとしたら、日本の総人口の1.3%の人にお話ししないといけないことになります。一方、「できたばかりのスタートアップですが説明会を開催させていただきたい」とJAさんにお願いするにしても、普通なら「どなたですか?」ということになると思うんですが、伴走者の方々のおかげで良い機会をいただくことができました。

石崎さんによれば、プログラム期間中の活動の7割が、伴走者と共に農業の現場を訪れての農家の皆さんへの説明。残りの3割は、地域の責任者、全農や農林中金で日本の将来の農業戦略を検討している部署などとのディスカッションに充てられたそうです。ここで大きかったのが伴走者の存在。既存業務と兼務ながらもかなりの時間をフェイガーのために割き、巨大なJAグループ内に持つ人脈をフルに生かして、各地の農協の支店長などを次々と石崎さんに紹介してくれたそうです。訪問先は全国20ヶ所以上に上りました。

大岡さん:伴走者は、全農や農林中金で働いている人たちが「やりたいです」と自ら手を挙げてきてくれる人たちなのです。彼らは農業の現場の業務も理解しつつ、何か新しいことに挑戦したい人たち。だから先ほど、石崎さんが「交渉相手じゃなくて仲間」と言ってくれましたが、スタートアップ側の目線を持ちながら、どのようにJAグループとシナジーを生み出せるかを考えられるのは、多分、伴走者じゃないとなかなかできないことですね。彼らは、それを半年でやり切ってくれる人たちです。

農林中金キャピタルなどから資金調達

2023年11月にJAアクセラレーター第5期を終えたフェイガーは、その2ヶ月後となる2023年1月にプレシリーズAラウンドで3.4億円の調達を発表しました。このラウンドには、JAグループのCVCである農林中金キャピタルも参加しています。アクセラレーターへの採択が直接ファンドからの出資に繋がったというよりは、フェイガーのチームがAgVenture Labを拠点に活動していたことから、農林中金キャピタルの担当者との密にコミュニケーションを取る機会があったことが契機になったようです。

石崎さん:本当に(JAグループ関係会社の)元CFOとか、そういう方々がいらっしゃる場所(AgVenture Labのこと)に入り浸ってるので、本当にちゃんと成果を出さなきゃいけないし、目かけていただいたんで、ちゃんと成長したよというところを見せなきゃいけないっていう、そういういい意味のプレッシャーがありました。

農林中金キャピタルの担当者の方もそこにいらっしゃるので、事業の進捗なども少しずつお話しするようになって、いよいよ資金調達だというときにもご相談し、出資していただきました。ミーティングとか、資料を作ってのご報告とかでなくても、気軽に話しかけていただけますし、用事がなくても話せる間柄ですし、その雰囲気が素晴らしいですね。

JAアクセラレーターでの経験を振り返り「機会があれば、再びJAアクセラレーターに応募したい」と語る石崎さん。JAアクセラレーターとしては、同じスタートアップを複数回採択しないというルールは無いので、条件にさえ合致すれば、フェイガーが再びプログラムに参加することもあり得るでしょう。その時が来たら、さらに成長したフェイガーを、また別の伴走者たちが違った形で牽引してくれるに違いありません。

石崎さん:私たちのサービスを、広くあまねく日本中の農家さんに案内したかったので、JAグループさんとご一緒できたことは非常に重要でした。それが日本全体の農業から発信する脱炭素にも繋がりますし、私たちのプレゼンスが上がることで、カーボンクレジットへ投資をする人から見ても、農業というセクターにも注目してもらえると思います。弊社が海外展開する上でも、各国の農業関連団体の方々とはネットワークをお持ちなので、いろんな形をご支援いただけると思っています。

JAグループの傘下組織では、日本の農業を担うという責務から多くの職員はポジションごとにやるべき役割が決まっており、まだ方向性がまだ決まっていない新しい事案についてリソースを割いて挑戦する、というのは難しい側面もあります。

フェイガーのような新しい事業を提案するスタートアップに関わることで「伴走者も、JAグループも、大きな刺激が得られることが共創の原動力になっている(大岡さん)」とのことでした。

JAアクセラレーター第6期は現在参加するスタートアップを募集中で、応募は3月31日に締め切られる予定です。5月下旬の選考を経て、6月から11月にかけての約半年間プログラムが提供されます。

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