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大手企業からのスピンオフ、その可能性と課題を最前線の人々に聞いた〜「SPIN X10」キックオフから

東京都は、スタートアップ戦略「Global Innovation with STARTUPS」に基づき、ユニコーン数10倍、起業数10倍、行政とスタートアップの協働プロジェクト数10倍を目指す「未来を切り拓く 10×10×10 のイノベーションビジョン」を掲げています。その一環として、スタートアップを支援するさまざまなプレーヤー(多様な主体)によるスタートアップ支援事業「TOKYO SUTEAM」を展開しています。ゼロワンブースターキャピタルでは、「SPIN X10」というプログラムを提案し、TOKYO SUTEAMの助成事業としてに採択されました。

SPIN X10とは、事業会社に眠る才能を「スピンオフ・スピンアウト」によって発掘するプログラムです。スピンオフやスピンアウトという言葉に明確な定義はありませんが、01Boosterでは、このプログラムにおいて、親会社から株式の過半数以上の出資を受ける法人は除外し、社内人材が所属企業から50%未満の出資を受け社外で独立性を持って起業したスタートアップをスピンオフ、所属企業と資本関係が無い場合をスピンアウトと呼ぶことにしました。

ゼロワンブースターキャピタルでは11月28日、東京・有楽町で「SPIN X10」のキックオフイベントを開催しました。本稿ではその模様をお伝えします。

スピンオフは既存事業拡大のチャンス

unerry代表取締役CEOの内山英俊氏

オープニングキーノート「スピンオフの定義とは」には、unerry代表取締役CEOの内山英俊氏が登壇。モデレーターは、ゼロワンブースターキャピタル代表取締役CEOの鈴木規文氏が務めました。

SPIN10Xを運営する背景には、ゼロワンブースターキャピタルが、大手企業の新規事業やイノベーションの創出を支援するなかで、大手企業に眠る人材や技術、資金などのリソースに大きな可能性を抱いたことがあります。

大手企業のリソースを活用した成功事例がunerryです。unerryはGPSやビーコンを活用して、人流ビッグデータをはじめとした実社会のデータ化やAI解析サービスを提供しています。同社は現在、全国各地に約216万個のビーコンを設置済みです。またunerryは自社のデータアセットを引き合いに、事業シナジーを見込めるアセットを保有する事業会社と業務提携を進めてきました。その結果、2022年に人流データ活用事業でIPOを果たしました。

unerryの事例とは対照的に、活用可能な資源やネットワークが豊富な事業会社からのスピンオフに関しては、目を引くような成果を多く確認することはできません。内山氏は自身の事業会社との協業体験から、その原因を2つ挙げました。

1つめは事業会社で2〜3年に1度実施される人事異動です。unerryでは事業会社と協業の話を進めていたにもかかわらず、先方担当者の人事異動や先方部署の部長の交代により、プロジェクトが白紙に戻るケースがあったそうです。

内山氏:事業会社はスピンオフの創出に取り組む意思決定をしたのなら、最後までやり切る姿勢を持たなければなりません。

左から:unerry代表取締役CEOの内山英俊氏、ゼロワンブースターキャピタル代表取締役CEOの鈴木規文氏

スピンオフの成功事例が少ない2つめの原因は、事業会社に「出資してあげている」という意識があることです。スピンオフに出資することは「内部留保の投資先になってもらっている」と言い換えられます。

内山氏:一部の事業会社においては、スピンオフへ出資することに対する意識改革も必要です。

とはいえ、スピンオフのメリットがわかりにくい側面もあるでしょう。内山氏は、2つのメリットを紹介してくれました。

1つめはゼロから立ち上げるスタートアップに比べて、人材や技術、資金などが備わっている点です。仮に不足しているものがあっても、既存のネットワークを活用すれば、スタートアップに比べて調達しやすいことがあります。

2つめのメリットは、自社のサービスを拡大できることです。たとえばGoogleは、スピンオフした企業を買収することで、自社サービスに新たな機能を追加しています。スピンオフした企業の出口戦略としてIPOやM&Aももちろんあるものの、スピンオフ元に回帰して事業を拡大する選択肢もあります。

内山氏:事業会社はスピンオフを推進することで、自社の技術や資金を増幅する好循環を手に入れられます。

スピンオフの課題と突破の糸口

左から:ゼロワンブースターの合田ジョージ氏、TIS執行役員の岡玲子氏、未来創造/中部圏イノベーション推進機構(Innovator's Garage)プログラムマネージャーの水野敬亮氏

パネルディスカッション「事業会社からスピンオフが生まれる可能性は」には、TIS執行役員の岡玲子氏と未来創造の水野敬亮氏が登壇。モデレーターはゼロワンブースターの合田ジョージ氏が務めました。本セッションでは、事業会社からスピンオフが生まれにくい原因とその解決策について議論されました。

岡氏は、スピンオフが生まれにくい3つの原因とその解決策を共有してくれました。

岡氏:1つめは事業会社の「無駄を省く」意識です。スピンオフは業務時間内の余白や遊びの部分で生まれやすく、無駄を悪と決めつけて省く意識を強く持つことは避けた方が良いのではないでしょうか。

2つめは、同調圧力です。事業会社においては、周囲と異なる思考やアイデアを持つ者が"浮いて"しまいがちです。同調圧力が強い環境の場合、スピンオフを推進するチームは切り分けられて存在するべきでしょう。

3つめは、スピンオフで展開した事業を評価するのが、顧客ではなくスピンオフ元の決裁者になりがちであることです。スピンオフ元の決裁者が、既存の価値観をもとに新規事業を評価するべきではありません。

TIS執行役員の岡玲子氏

またSDGsや地方創生に関連する社会課題解決型のスピンオフや新規事業が、当事者や企業の意思が強いにもかかわらず、黒字化できずにクロージングしがちという課題が取り上げられました。これらの事業は、企業のブランディングや社員のやりがいにつながりやすい一方で、そこから得られる利益が限られることもしばしばです。

岡氏:社会課題の先にあるマーケットが小さい場合は、他社と連携することで、利益以外のリターンも得られる仕組みを考えるべきです。

先ほどのセッションでスピンオフのメリットとして内山氏は自社サービスの拡大を挙げていましたが、スピンオフは人材が成長するためのチャンスにもなり得ます。ジョブ型雇用の普及により、事業会社が成長を促したい若手社員の多くは、手に職を付けた専門人材になることに捕らわれがちです。

しかしスピンオフで一から事業を創出する立場になれば、事業計画の立案から開発や営業、運用、予算管理まで複合的な視点を持って動かざるを得ません。

岡氏:カーブアウトを経験した人材には、事業が成立するために提供できる価値を考える思考力を身に付けることができると考えます。

 

未来創造/中部圏イノベーション推進機構(Innovator's Garage)プログラムマネージャーの水野敬亮氏

一方、日本の企業にも、新事業開発への活路を社内起業に求めるところが増えてきました。しかし、社内起業プログラムのポジショニングは各社各様で、なかには比較的大きな良いアイデアを考え事業化しようとする人にインセンティブをつける企業もあれば、全くそのような制度のない会社もあります。

しかし、実際に事業が立ち上がるまでに至るケースはごく稀で、結果だけを見れば、社内起業プログラムの多くがうまく機能しているとは言えません。一体何が問題で、どう解決すればいいのでしょうか。水野氏はあくまで自身の体験談に基づくとことわりながら、次のように語りました。経営陣にとっては耳の痛い話かもしれません。

水野氏:社内起業プログラムの価値を判断しているのが、会社の中の偉い人たちだというところにつきるのではないでしょうか。お客様は、その偉い人たちではない。それなのに、今までの価値観や武勇伝に則って判断しているのが現実です。会社が新しい取り組みをするときに、偉い人がその判断をするのはダメなんじゃないかと思います。

また、企業活動においては、何事にもタイムリミットがつきまといます。一般論として社内起業したプロジェクトが2〜3年のうちに黒字化できなければ、そのプロジェクトは継続できなくなってしまう。技術やサービスの開発から始まって事業ベースに載るまで〝足の長い〟ビジネスが増える中で、果たして、社内起業プログラムは事業を生み出せるのでしょうか。

水野氏:その問題の解決のためには、先ほどの、会社の中の偉い人が判断しているということに加え、もう2つ課題があると思うんです。一つは年度業務実施計画というのに左右され、新規事業を進んでなくても進んだことにしてしまうケース。案を考えるための施策として、「年間で12回以上展示会に行きます」とか書いているのは、KPIを間違えている可能性が高いですよね。

もう一つは、スピード感です。社内のみによる新規事業の進みは、普段から外で戦っているスタートアップと比較して遅いと感じます。サラリーマンの方は新規事業の経験が少なく、社内のリソースでやり切るのが難しいケースです。

 

VCが語る、スピンオフを成功に導く秘訣

左から:ゼロワンブースターの岩本明希子氏、ABAKAM代表取締役の松本直人氏、出向起業スピンアウトキャピタルの代表パートナー奥山恵太氏

パネルディスカッション「VCから観るスピンオフを成功に導く方法」には、ABAKAM代表取締役の松本直人氏と出向起業スピンアウトキャピタルの代表パートナー奥山恵太氏が登壇しました。モデレーターはゼロワンブースターの岩本明希子氏が務めました。本セッションは、Q&A形式でお届けします。

出向起業スピンアウトキャピタルの代表パートナー奥山恵太氏

── スピンオフについて、VCの目線からどのように考えていますか?

奥山氏:スピンオフについて事業会社がバックに存在するため「起業家のコミットがスタートアップに比べて弱いのではないか」と考える投資家も多くいます。しかし私自身、スピンオフ元の企業に籍があろうと「人生をかけてこの事業を成功させたい」と顔つきを変えて宣言する起業家を何人も見てきました。

それなら起業すればいいという意見もあるが、スピンオフの事業はスピンオフ元の技術や知財を活かしたものが多いという、独立起業しない明確な理由が存在します。私はそういう人たちの人となりを重視して、中堅若手のキーパーソンが80%以上の株式を保有できる資本政策の策定を支援・実現した上で、投資しています。

松本氏:VC目線では、スピンオフに興味がある事業会社は、事業成功の確実性を重視し過ぎる傾向にあります。一方、VCは数十倍から数百倍のリターンを得るため変化率に目を向けています。

事業に確実性があるということは、裏を返せば、リターンが想像の範囲を超えないということです。そういう意味で、イノベーションが起こる可能性に投資する事業会社は魅力的だと思います。

ABAKAM代表取締役の松本直人氏

── スピンオフ成功のポイントは、VCの目線からどう考えていますか?

奥山氏:スピンオフに取り組む当事者の熱量も大切ですが、社内政治的な側面もバランス良く考えることが必要です。スピンオフのような新しい取り組みに前向きな役員を味方に付けたり、社内政治に長けたメンバーをプロジェクトに引き込んだりすることも、スピンオフの成功に欠かせないです。

松本氏:スピンオフ成功のポイントは大きく2つあります。1つめはスピンオフを率いるリーダーが、事業のオーナーシップを有していることです。オーナーシップがスピンオフ元の決裁者にある場合、事業整理のタイミングで撤退させられてしまう可能性があります。

2つめは、事業会社のリソースを有効活用することです。資金や設備はもちろん、販売ネットワークをシェアしてもらったり、共同研究のパートナー探しに企業の信頼を借りたりするなど、活用方法の引き出しがどれだけあるかがスピンオフの成功に直結します。

プログラムについて

キックオフイベントには、大手企業の新規ビジネス担当者や、スピンオフやスピンアウトに可能性を感じる皆さんが多数集まられ、一連のセッション終了後に懇親会が催されました。SPIN X10のプログラムは、通常コースとメンタリングコースに分けられ、2024年に3ヶ月単位で4回にわたり開催されます。

採択されたチームには、VCやCVCとのマッチングイベントのほか、勉強会、Slackを通じたオンラインコミュニティなどへの参加機会が提供されます。「所属会社への調整がまだなので情報を公にしたくない」という方のために、イベントやコミュニティには匿名でも参加できる体制が取られています。現在、2024年1月から始まる第1期参加チームを募集中です。

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