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4ヶ月で開発した「お腹にやさしいお菓子」——食の選択肢を広げる明治×グッテ、その舞台裏

消化器系疾患の患者向けオンラインコミュニティを運営するグッテと、食品大手の明治。2022年の明治アクセラレーターを通じて出会った両社は、わずか4ヶ月という異例の速さで、IBD(炎症性腸疾患)やIBS(過敏性腸症候群)の患者でも安心して食べられるお菓子の開発に成功しました。患者と向き合い続けてきたスタートアップと、食品開発で培った技術力を持つ大手企業が、いかにして患者の課題解決に挑んだのでしょうか。

異なる強みを持つ両社の出会い

グッテ代表取締役の宮﨑拓郎氏

グッテは、IBDやIBSなどで知られる消化器系疾患の患者向けにオンラインコミュニティ「Gコミュニティ」を運営しています。代表の宮﨑拓郎氏は、ミシガン大学で栄養学を学び、病院での実務経験も持つ医療のバックグラウンドを活かし、患者の日常生活における課題解決に取り組んできました。

「日本では30万人のIBD患者さん、1000万人のIBS患者さんがいると言われています。病気や症状に伴う日常生活の課題は、医療機関ではカバーできない部分が多くあります。例えば、お腹の症状により仕事や学校生活に支障が出たり、家族との食事で別メニューを作らなければならないといった悩みを多く聞きます。特に食事の面では、症状が落ち着いているときでも選択肢が限られ、普通の方にとっては人生の楽しみであるはずのお菓子を楽しむことができない方が多くいらっしゃいます」と宮﨑氏は説明します。

「特にお菓子に関しては、脂質が多いために食べられない、チップスやチョコレート、ケーキが食べにくいといった声を、コミュニティを始めた当初から多く聞いていました」(宮﨑氏)

そんな中、知人を通じて明治のアクセラレータープログラムの存在を知り、応募を決意。「食品の事業経験も知識もない状態でしたが、明治さんのような食のプロフェッショナルと組むことができれば、患者さんの課題を解決できるかもしれない」と考えたそうです。

一方の明治側も、面接を通じてグッテの取り組みに強く共感したと言います。「最初は『そんなに困っている人がいるのか』と半信半疑でしたが、説明を聞いていくうちに、悩みを抱えている方の数の多さと、その悩みの深さを痛感しました。これは絶対に解決していきたいと思いました」と、明治の林氏は当時を振り返ります。

スピード感のある商品開発の舞台裏

明治 ウエルネスサイエンスラボの林哲全氏

明治のアクセラレータープログラムでは、通常1年半から2年かかる商品開発をわずか4ヶ月で実現したといいます。この異例のスピード感を可能にしたのは、両社の強みを最大限に活かした開発プロセスでした。

「目的をしっかりと持つことが重要でした。IBD・IBS患者が食べられることはもちろん、一般の方が食べても他社商品に引けを取らない美味しさを実現するという高いハードルを設定しました」(林氏)

開発においては、プロジェクトの採択前から患者へのインタビューを重ね、どのような設計のお菓子にニーズがありそうかの仮説を立てていきました。そこから具体的な商品設計に入る際、チョコレート開発の豊富な経験を持つ明治の林氏を中心に、試作品の作成や材料探しなど、実務的なプロセスを迅速に進めたそうです。

宮﨑氏は「普通はこんなに早く商品開発はできないんです。このスピード感に驚きながらも、食品開発の難しさや楽しさを直接経験できました」と当時を振り返りました。

実際の製造委託先の選定や、原価を踏まえた事業として成立する仕組みづくりまで、明治チームの全面的なサポートにより、プログラム期間中に実現することができたのだそうです。一方、開発中は、グッテのコミュニティを通じて患者さんの声を直接聞く機会を設け、オンラインでの対話や試食会を実施。明治の持つ食品開発の知見と、グッテの持つ患者とのネットワークが、スムーズな開発につながった瞬間でした。

大手企業×スタートアップの協業のポイント

明治イノベーション事業戦略部でプロジェクトを担当した土師智寿氏

大手企業とスタートアップの協業を成功に導いた重要なポイントの一つ。それが両社の強みが明確で、それを相互に活かさないと達成できない目標設定でした。宮﨑氏は次のように振り返ります。

「偶然にも両社の強みが奇跡的に合致していました。我々は栄養や医療のバックグラウンドはあっても、食品の事業経験も知識もない状態でした。一方で明治さんには食品開発のプロフェッショナルとしての知見がある。その組み合わせが理想的でした」(宮崎氏)。

明治側の担当者として深く関わった土師智寿氏によると、「商品開発のスピードを上げるためには、柔軟性を持つことが重要でした。大手企業とスタートアップでは速度感に違いがあります。この調整役としてのカタリスト(※事業伴走者)の存在が大きかったと思います」とのこと。仕組み化が進んでいる大きな組織において、既存のルールを守りつつ、必要に応じて省略できる部分は省略し、スピーディな意思決定を実現した点を強調しました。

「明治の場合は分業制が進んでおり、ルールも文書化されています。通常のルーティンワークはそれで回るのですが、今回のような新しい取り組みではルールに載っていないことが多く発生します。その際の意思決定において、チームの柔軟性とお客さまへの想いが重要でした」(土師氏)。

また、プロジェクトの成功には人間関係も大きな要因となりました。「選考の過程で相性の良いメンバーをアサインしていただけたので、コミュニケーションがスムーズでした。初めから信頼感があるメンバーで始められたのは大きかったです」と宮﨑氏は語ります。

大手との協業において現場チームに与えられるべき裁量は非常に重要です。この事例からも、チーム全体にそれぞれのカルチャーを理解するための「余白」があり、それがプロジェクトをスムーズに進行させる鍵となっていることが理解できます。

予想以上の広がり

明治 酪農部の本村祐樹氏

開発された商品は、当初想定していたIBD・IBS患者さんだけでなく、より幅広い層からの反響を得ることになります。グッテ取締役の鈴木紀之氏は次のような発見があったことを明かしてくれました。

「患者さん向けに作ったからこその安心・安全さが、妊婦さんや小さなお子さんがいる方、ヨガをする方など食事制限をされている方々にも響いていることがわかりました」(鈴木氏)。

しかし鈴木氏は同時に、「まだまだ誰にどのように刺さっているのか、完全には把握できていない部分もあります。確実に刺さっている層がいることは明確なので、その方々にどうやってリーチしていけるか、現在取り組んでいるところです」と、さらなる可能性を探っている段階だとも語りました。一方の明治側も、この協業を通じて新たな気づきを得たといいます。

「我々は一般の方向けの商品開発が中心でしたが、たとえターゲットが狭くても、しっかりと価値を提供できれば商品として成立することを学びました。価格設定や容量、売り方など、これまでの常識を覆されることも多く、固定観念の中で仕事をしていたことに気づかされました」(本村氏)。

加えて、この取り組みを通じて、明治の既存商品の中にもIBD・IBS患者が食べられる商品が227点あることが分かったそうです。共に開発に携わった明治 酪農部の本村祐樹氏は「低FODMAP(特定の糖質)かつ低脂質という条件で既存商品を見直してみると、意外にも多くの商品が該当することがわかり、新たな販路開拓のヒントになりました」とその気づきを教えてくれました。

その後の展開

グッテ取締役の鈴木紀之氏

協業から生まれた成果は、両社のその後の展開にも大きな影響を与えています。グッテはクラウドファンディングによって「Gコミュニティ」のシステム改修に取り組もうとしています。利便性を向上するとともに、より多くのIBD患者や家族の課題解決に繋げたいと考えているとのこと。さらに日本での展開に加え、アメリカ市場への進出も視野に入れており、日本貿易振興機構(ジェトロ)が主催する「J-StarX Food Frontiers USA」に採択され、準備を進めています。

「アメリカには300万人のIBD患者さんがいると言われています。キッチンタウンさんと協力しながら、マーケティングやブランディング、デザイン、小売展開の戦略を練っているところです」と宮﨑氏は説明します。

一方の明治でも、この経験を活かした新たな動きが生まれています。イノベーション事業戦略部によるオープンイノベーション活動と並行して取り組まれている社内創発プログラム「evelopment(mBD)」では、2024年5月に日本生まれのできたてチーズブランド「FRESH CHEESE STUDIO」がお目見え。また2024年12月には、腸内細菌を測定し腸内タイプにおすすめの素材を配合した商品を提供する、腸内タイプ別パーソナルケア「Inner Garden(インナーガーデン)」をECにて販売開始しました。

「今回のアクセラレータープログラムを通じて、顧客のペインを解消できたという達成感が非常に強く、その経験を活かしていきたいと思います。さまざまな専門知識をより深く習得しながら、消化器疾患以外にも、さまざまなペインを抱えている方々に向けた新しいサービスや商品を生み出していきたい」と林氏は意気込みを語ります。

さらに本村氏は、グッテのコミュニティ運営の手法を参考に、酪農家向けのオンラインコミュニティサイト「MDA COMMUNITY」を立ち上げるなど、既存事業のイノベーションにも取り組んでいるとのこと。

グッテの鈴木氏は、次なる挑戦について「一般の方にも広がりを見せている一方で、疾患により食事制限を余儀なくされ、自分に落ち度がないのに人生を楽しめない方々の課題解決という原点は忘れずに取り組んでいきたい」と力強く語りました。同様に宮﨑氏も「食の制限がある方に、安心して美味しく楽しめる選択肢を広げていく。その実現のために、日本とアメリカの両方で挑戦を続けていきます」と今後の展望を述べました。

両社の協業は、単なる商品開発にとどまらず、それぞれの企業に新たなイノベーションの種を残しました。患者に寄り添い続けてきた企業としての使命と、より多くの人の食の選択肢を広げるという新たな可能性の両立を目指し、両社の挑戦は続いています。

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