社内新規事業、なぜ応募者が集まり続けるのか?― サントリー「FRONTIER DOJO」に学ぶ、応募数とプランの質を両立する仕組み ―

社内新規事業制度を立ち上げた当初は、多くのアイデアが集まった。しかし、制度を続けるうちに応募者をどう維持するか、さらに応募数だけでなくプランの質をどう高めるかが課題になっていく――。
社内新規事業制度を継続する企業にとって、こうした悩みは少なくありません。
2021年にスタートしたサントリーホールディングスの社内ベンチャー制度「FRONTIER DOJO」は、2026年で6年目を迎えました。
第1期には294件のエントリーが集まり、第2期は97件。その後、第3期105件、第4期113件、第5期111件と、100件を超える水準で推移しています。第1〜5期の累計エントリーは720件に上ります。
では、なぜ回を重ねても応募者が集まり続けているのでしょうか。そして制度を続ける中で生じる「応募数」と「プランの質」という課題に、どう向き合ってきたのでしょうか。
2026年10月6日、01Boosterでは「社内新規事業、なぜ応募者が集まり続けるのか? ― サントリー『FRONTIER DOJO』に聞く、応募数とプランの質を両立する仕組み ―」と題したウェビナーを開催しました。
本記事では、FRONTIER DOJOの立ち上げから携わるサントリーホールディングスの松尾英明氏と、第1期から同制度を支援してきた01Boosterの川岸亮造による対談をもとに、6年間の試行錯誤から見えてきた、社内新規事業制度を継続・進化させるためのヒントを紐解きます。
登壇者

サントリーホールディングス株式会社
未来事業開発部 課長
松尾 英明
2006年サントリー入社。原料調達、酒類の営業・営業企画を経て経営企画部へ。複数のプロジェクトを担当する中で、社内ベンチャー制度「FRONTIER DOJO」の立ち上げに携わり、現在も運営を担う。

株式会社ゼロワンブースター
Intrapreneur Beyond Residence事業 事業責任者
川岸亮造
経営コンサルティング会社を経て、2012年に株式会社KOMPEITOを共同創業。代表として「OFFICE DE YASAI」を立ち上げ、資金調達や大手企業とのアライアンスを経験。現在は01BoosterでIntrapreneur Beyond Residence事業の責任者を務める。
「新規事業をつくる」ことから始まった制度ではなかった
FRONTIER DOJOの原点は、「新規事業」そのものではありません。
松尾氏によると、制度が生まれたきっかけは、当時経営企画部門で進められていた「人・組織変革」のプロジェクトでした。
サントリーには「やってみなはれ」という価値観があります。一方で、会社の規模が大きくなり、組織がサイロ化・階層化する中、現場の社員が組織の枠を越えてボトムアップで挑戦することが難しくなっている。社員へのインタビューを重ねる中で、そうした課題が見えてきたといいます。
そこで、組織の枠を越えて社員の挑戦を促し、挑戦する人材を発掘しながら、新たな事業創出にもつなげる仕組みとしてFRONTIER DOJOが立ち上がりました。
松尾氏は、社内ベンチャー制度には「人材の発掘・育成」「事業開発」「風土醸成」という3つの目的があると説明します。
その比重は会社によって異なり、同じ会社でも年度や経営環境によって変わる。そのため、それぞれの施策がどの目的に寄与しているのかを整理し、社内に説明していくことが重要だといいます。
ここから見えてくるのは、社内新規事業制度を考える際、「何を実施するか」だけでなく、「そもそも何を実現するための制度なのか」を明確にする必要があるということです。
応募者が集まり続けるために、3年目から変えたこと
FRONTIER DOJOの第1期には、事務局の想定を大きく上回る294件、226人がエントリーしました。当初想定していた応募数は100件程度だったといいます。
一方、第2期の応募は97件でした。
松尾氏によると、当時は募集開始前の約1カ月間にイベントや告知を集中させる形で応募を促していました。

その後、第3期105件、第4期113件、第5期111件と、100件を超えるエントリーが続きました。
では、具体的にどのような接点をつくっていったのでしょうか。
「応募してください」だけではない。
年間を通じて挑戦者との接点をつくる
松尾氏は、社員の事業開発に対する関心度には大きな幅があると説明します。
すでにアイデアを持ち、事業開発への関心も高い社員がいる一方、「少し興味はある」「面白そうだとは思うが、自分が応募するとは考えていない」という社員もいます。
FRONTIER DOJOでは、こうした関心度の違いに応じて、複数の接点を設けてきました。
たとえば、社外起業家や事務局に事業アイデアを相談できる「壁打ちDOJO」。過去の応募者が事業開発の知識を学びながら継続的にプランを磨く「DOJO稽古場」。短時間・オンラインで事業開発について学べる「事業開発集中プログラム」。
さらに、地方拠点やグループ会社でイベントを開催する「出張版DOJO」や、社外起業家や専門家からのインプットと交流を組み合わせた「DOJO Bar」なども実施しています。

これらの取り組みを俯瞰すると、単に施策の種類を増やしているのではなく、社員の状態に応じて異なる「入口」を用意していることが分かります。
募集期間だけ応募を呼びかけるのではなく、その前段階から社員との接点をつくる。この点が、FRONTIER DOJOの応募を支える仕組みの一つだと考えられます。
報酬だけではない。
挑戦した人の「その後」を見せる
応募を促すインセンティブについても、ウェビナーでは議論がありました。
松尾氏は、賞金などの金銭的インセンティブを否定するわけではないとしたうえで、サントリーにはもともと「面白いことに挑戦したい」「自分が考えたことを実現したい」という社員が一定数いると話します。
そのため、そうした内発的な思いを引き出し、「自分のアイデアを実現できる場」であることを伝えることを重視しているといいます。
また、FRONTIER DOJOでは、参加者の「その後」も社内に伝えています。
事業責任者になった人や、子会社を立ち上げた人、カーブアウトして会社を経営する人などが生まれており、近年はそうした挑戦者の活動を冊子や動画で紹介しています。
さらに松尾氏は、事業化に至らなかった参加者についても、挑戦した経験そのものを社内で評価していくことが重要だと話します。実際に、FRONTIER DOJOへの参加をきっかけに、新たなキャリアにつながったケースもあるといいます。
ここからは、事業化した案件だけでなく、「挑戦した人がその後どうなったのか」を可視化することも、次の挑戦者を生み出す要素になっていることがうかがえます。
制度を継続する中では、社内の理解を得る難しさもあります。
松尾氏は、カーブアウトによって人材や事業が社外へ出ることへの懸念や、「なかなか大きな事業にならない」といった見方が社内から出ることもあると話します。
だからこそ、「人材の発掘・育成」「事業開発」「風土醸成」という制度の目的を整理し、それぞれの施策がどこに寄与しているのかを伝える必要があるといいます。
また、FRONTIER DOJOでは経営陣が審査に参加しています。松尾氏によると、実際に社員が真剣に事業プランを発表する姿を見ることで、経営側の制度に対する見方が変わることもあるといいます。
こうした話からは、社内新規事業制度の事務局に求められる役割が、プログラム運営だけではないことが分かります。
「なぜ会社としてこの制度を続けるのか」を経営や社内に説明し、実際の挑戦を見てもらいながら、制度の意味について認識をつくっていくことも、継続的な制度運営には欠かせないと言えそうです。
応募数が安定すると、今度は「プランの質」が課題になる
応募数が一定水準で推移する一方、FRONTIER DOJOでは別の課題も見えてきました。
松尾氏と川岸によると、第4期ごろから、プランの小粒化やテーマの枯渇が課題として意識されるようになりました。
毎年アイデアを募集し、良いプランを採択していけば、翌年にはさらに新しいアイデアを生み出す必要があります。
この課題に対し、01Boosterと事務局では、毎月の壁打ちや、過去の応募者が継続的にプランを磨く「DOJO稽古場」などを実施してきました。
ほかにも、チームでの応募、社外メンバーとのチーム組成、外部の知識を取り入れる方法などを検討。現在は、公開されている知的財産をアイデアの起点として活用する取り組みや、生成AIを用いた事業開発の学習など、新たな方法も試しています。
一方で、松尾氏と川岸は、プランの質を高めることについて「これが正解」という方法が見つかっているわけではなく、現在も試行錯誤していると話しました。
ここは、今回の対談の中でも重要なポイントです。
応募者を増やすことと、事業につながるプランを増やすことは、別の課題です。
応募数が安定したからこそ、次にプランの質が課題として浮かび上がる。制度の成熟度に応じて、事務局が向き合うテーマも変化していくことが分かります。
「大きな事業」を求めるなら、制度設計も変わる
ウェビナーのQ&Aでは、風土醸成や人材育成以上に「大きな事業を生み出すこと」を求められる企業では、プログラムのつくり方も変わるのか、という質問が寄せられました。
これに対して川岸は、目的によってプログラムの設計は変わると説明しました。
たとえば大きな事業創出を求める場合、社員から自由にアイデアを募ってブラッシュアップする方法だけでなく、「伸びている市場、大きな市場はどこなのか」を起点に考える方法があるといいます。
また、自社の既存事業から近い領域をあらかじめ設定し、その中で事業テーマを考えていく方法もあります。
川岸の指摘を踏まえると、「幅広い社員の挑戦を促すこと」と「会社の次の柱となる規模の事業を生み出すこと」では、必要なプログラム設計が異なる可能性があります。
誰に参加してもらうのか。テーマを自由にするのか、一定の領域を設定するのか。応募前にどのようなインプットを提供するのか。採択後にどのような支援を行うのか。
制度に求める成果によって、こうした設計も変えていく必要があるということです。
来年度の制度を考える今、まず「目的」に立ち返る
来年度の施策や予算について検討を始める中で、社内新規事業制度についても、「来年度も同じ形で続けるのか」「どこを変えるのか」を考えている事務局は少なくないでしょう。
ウェビナーでも川岸は、来年度のプログラムを検討している参加者を念頭に、制度を3年、4年、5年と継続していく際に何を意識すべきかを松尾氏に問いかけました。
ここまでの対談を踏まえると、来年度の制度を検討する際、いきなり「応募施策を増やす」「研修を変える」といった個別の打ち手から考えるのではなく、一度制度の目的に立ち返る必要がありそうです。
「そもそも、自社はこの制度を通じて何を実現したいのか」。
人材の発掘・育成なのか。事業開発なのか。挑戦する風土の醸成なのか。
複数を同時に目指すことはできますが、どこに重きを置くかによって打ち手は変わります。
挑戦する人材の裾野を広げたいのであれば、事業開発への関心がまだ高くない社員との接点をどうつくるかが重要になります。
一方、会社の次の柱となる事業を生み出すことを強く求めるのであれば、川岸が指摘したように、市場や自社との近接領域からテーマを考えるなど、プログラムの入口から見直す選択肢もあります。
すでに応募数が一定水準に達している企業であれば、次に見るべきなのはプランの質や事業化のあり方かもしれません。
ここから導けるのは、制度の目的が変われば、追うべきKPIも、集めるべき人材も、必要な施策も変わるということです。
来年度の制度を考える際には、「今年の施策のどこを改善するか」だけでなく、目的と現在地を整理したうえで、次年度に何を変えるのかを考えることが重要ではないでしょうか。
「制度自体も新規事業」。完成形を求めない
ウェビナーの終盤、川岸は松尾氏に、3年目、4年目、5年目と制度を継続していくうえで、何を意識すべきかを尋ねました。
松尾氏は、こう答えています。
「この制度自体も、なんか新規事業みたいな感覚かなと思って」
新規事業では、顧客の声を聞きながら、次の施策を考えていきます。
同じように制度運営でも、社員が制度をどう捉えているのかを知ることが重要だと松尾氏は話します。出張版DOJOなども含めて社員の声を引き出し、それを次の施策につなげていくという考え方です。
それを受け、川岸は「お客様たる社員の皆さんの声を聞きましょう、ということですね」と整理しました。
FRONTIER DOJOの6年間を振り返ると、一つの完成された制度をつくり、それをそのまま運営してきたわけではないことが分かります。
応募の状況を見ながら、社員との接点のつくり方を変える。
応募数が安定すれば、プランの質という次の課題に向き合う。
求める事業規模が変われば、テーマや市場、評価のあり方についても考え直す。
ここから見えてくるのは、社内新規事業制度も、新規事業そのものと同じように、状況を見ながら仮説検証を繰り返していく必要があるということです。
ただし、制度を変えること自体が目的ではありません。
その起点になるのは、「そもそも、自社はこの制度を通じて何を実現したいのか」という問いです。
目的を確認する。社員の声を聞く。制度の現在地を捉える。そして、必要な仕組みを見直す。
FRONTIER DOJOの6年間の試行錯誤は、社内新規事業制度を「運営すること」自体を目的にせず、目的に照らして制度を更新し続けることの重要性を示しているのではないでしょうか。