実証から事業化、そして2号店へ——三菱地所「とまり木」で見えてきた、働く人の“休み方”というニーズ

「疲れているけれど、仕事中に休むほどではない」「少し休めば回復できそうだけれど、休める場所がない」——そんな経験がある人は、少なくないのではないでしょうか。
一般社団法人日本リカバリー協会による「2026年日本の疲労状況10万人調査」では、77.4%が「疲労を感じている」と回答しています。
また、2026年7月に丸の内エリアで働く人1,274人を対象に実施された「マルノウチワーカーズ『休み方アンケート』」では、92.4%が短時間の休憩・休息を必要としている一方、70.3%が十分に取れておらず、67.6%が「体調が優れない中、強い疲労のまま働いている」と回答しました。
「休んだほうがいい」と分かっていても、仕事中にはなかなか休めない。
こうした働く人の「休み方」に着目して生まれたのが、三菱地所の新規事業、シェア型リカバリールーム「とまり木」です。
「とまり木」は、企業が共同で利用できる休養・リカバリーのためのスペース。体調がすぐれないときに横になって休める休養室としての機能に加え、仮眠やマッサージ、ストレッチ、プロのトレーナーによるサポートなど、その日の状態に合わせたチャージメニューを利用できます。予約・着替え不要で、15分程度から気軽に利用できるのも特徴です。
01Channelでは2024年、まだ実証実験中だった「とまり木」を取材しました。
【前回記事】あなたの会社に休養室、ありますか?——三菱地所の新規事業『とまり木』その人気の秘密を聞いた
それから約2年。「とまり木」は実証実験を経て事業化され、大手町ビル店では2025年4月以降、延べ9,000人以上が利用。そして今回、1号店で得られた利用実績や利用者の声を反映した2号店が、新東京ビルに誕生しました。
実際に事業を動かしたことで、当初想定していなかった企業からのニーズや、働く人たちのリアルな「疲れ」も見えてきたといいます。
前回に続き、「とまり木」の発案者である三菱地所の三輪弘美さんに、事業化までの歩みと1号店で見えてきたこと、そして2号店から始まる次の展開について伺いました。
(文中の太文字は01Channel編集部による質問。回答は三菱地所エリアマネジメント事業部 ウェルネス・ワーカーサービスユニットの三輪弘美さん)
「休養室をシェアできないか」から始まった「とまり木」
——前回の記事でも伺いましたが、改めて「とまり木」が生まれたきっかけから教えてください。
三輪さん:きっかけは、コロナ禍を経て出社する人が戻り始めた頃のことです。体調が悪くなったときに休む場所がなく、トイレなどで休んでいる人がいることを知りました。
一定規模以上の事業所には休養室の設置が義務付けられています。しかし実際には、「鍵がかかっている」「利用するには人事への連絡が必要」といったケースもあり、十分に活用されていないことが分かりました。
それなら、各企業がそれぞれ休養室を用意するのではなく、街の中に、複数の企業が共同で使える休養室をつくれないか。そう考えたのが「とまり木」の始まりです。
2022年に社内の新事業提案制度に応募し、2023年から実証実験を始めました。
ただ、実証を進めるなかで見えてきたのは、「体調を崩した人が横になって休む場所」だけではないニーズでした。
疲れている、眠い、集中力が落ちている、少し身体を動かしたい。そうした日常の状態から仕事に戻るための「チャージ」と「リカバリー」も含めて、働く人を支える場所へと、「とまり木」の役割も広がっていきました。
——そこから実証を経て事業化し、今回2号店まで広がったんですね。
三輪さん:はい。実際に利用いただくなかで、当初の想定とは違う発見もたくさんありました。

想定以上に多かった「50人未満」の企業
——実際に事業化して、特に想定と違ったことは何でしたか。
三輪さん:大きかったのは、契約いただく企業の規模です。
当初は、法律上、休養室の設置が必要になる50人以上の企業からのニーズが大きいと考えていました。ところが実際には、契約企業の6割強が従業員50人未満の企業でした。
小規模な企業の場合、自社だけで休養室を設けたり、福利厚生の設備をいくつも用意したりするのは簡単ではありません。一方で、一人が体調を崩して休むことの影響は大きいですし、従業員満足や採用、定着という観点から、働く環境を充実させたいという企業もあります。
——「設置義務があるから必要」というだけではなかったんですね。
三輪さん:そうですね。もちろん大きな企業にも利用いただいていますが、「自社で設備を持つのは難しいけれど、社員が使える環境は用意したい」という企業との相性がよかったのは、一つの発見でした。
現在、大手町ビル店では約20社に契約いただいています。当該ビルのテナント企業だけでなく、周辺企業からの利用もあり、徒歩5分圏内まで利用が広がっています。

9,000人の利用から見えてきた、働く人の「疲れ」
企業側だけでなく、実際の利用者からも、当初の仮説を広げる発見がありました。
大手町ビル店では、2025年4月以降、延べ9,007人が「とまり木」を利用。30〜40代を中心に、男女ほぼ半々です。
利用理由でもっとも多かったのは「日々の疲労」で4割。続いて「気分をリセットしたい」が3割、「睡眠不足」が2割でした。利用サービスでは、トレーナー指導、マッサージチェア、仮眠チェアなどが上位となっています。
——利用者と接するなかで、どのような悩みが多いと感じていますか。
三輪さん:肩こりや腰痛、眼精疲労といった身体の悩みはやはり多いですね。一方で、身体だけではなく、頭が疲れている、眠れていない、集中できないといった声もあります。
実際に利用される方を見ていると、普段あまり運動をしていない方も多くいらっしゃいますいんです。
「なんとなく身体が重い」「なんとなく調子が悪い」という状態でも、トレーナーと話して身体を動かしてみることで、「ここが硬いんだ」「こういう運動をすればいいんだ」と自分の状態を知るきっかけになります。
ずっとトレーナーに頼っていただくというより、自分自身で身体をメンテナンスできるようになってもらうことも大切にしています。
——トレーナーに相談できる一方で、予約は不要なんですよね。
三輪さん:はい。予約制を検討したこともあるのですが、仕事中は予定通りにいかないことも多いですよね。
「15時に予約したけれど会議が長引いた」ということもありますし、逆に「今ちょっと疲れたから、15分だけ行きたい」ということもある。だから、予約をせずに来てもらって、短時間でも利用できる形にしています。
「今日は身体を動かそう」と気合いを入れて行く場所ではなく、仕事の途中に立ち寄れることが大事だと思っています。
トレーナーの役割も、身体を整えることだけではありません。仕事とは直接関係のない第三者と少し話すことで、気持ちが切り替わることもあります。実際に運営してみて、有人であること自体にも価値があると感じています。

1号店で分かったことを、2号店へ
こうした1号店での利用実績や利用者の声をもとに設計されたのが、2号店となる新東京ビル店です。
——2号店では、1号店で得られた気づきをどのように反映したのでしょうか。
三輪さん:基本的な考え方は変わりません。ただ、1号店を運営するなかで見えてきたニーズを踏まえて、機器やトレーナーによるサポートの幅を広げています。
これまで多かったマッサージや仮眠に加えて、より気軽に身体を動かせる環境を増やしました。また、自分の身体の状態を把握できる機器も設置しています。
「疲れてから回復する」だけではなく、疲れ切る前に自分の状態に気づいて、行動できる場所にしていきたいと考えています。
新東京ビル店では、1号店で利用頻度の高かったマッサージ・仮眠系の機器に加えて、気軽に身体を動かせる機器を増設。さらに、自身の血圧や疲労・ストレス、心拍、体組成などを確認できる機器を設置し、常駐するトレーナーによる運動指導などにもつなげています。
1号店で利用者が実際に何を求めているのかを把握し、その結果を次の店舗に反映する。「とまり木」の2号店は、単なる店舗拡大ではなく、実証と事業化を通じて得られた学びを形にした場所ともいえます。

「休める場所」をつくるだけでは、人は休めない
一方、「とまり木」を運営するなかで見えてきたのは、場所や設備だけでは解決できない課題でした。
先述した「マルノウチワーカーズ『休み方アンケート』」では、92.4%が短時間の休憩・休息を必要だと感じているにもかかわらず、70.3%が十分に取れていないと回答しています。
——必要性を感じていても、実際には休めていない。このギャップをどう捉えていますか。
三輪さん:「仕事中に休んでいい」という文化が、まだ十分にないことも大きいと思います。
タバコを吸う人が少し席を外したり、コーヒーを買いに行ったりすることは、比較的自然に受け入れられていますよね。それと同じように、「ちょっと身体を整えてきます」「少し休んできます」と言えるようにしたい。
大切なのは、個人が頑張って休むことではなく、休みやすい環境をつくることだと思っています。
「休養室」から、街全体の“休み方”へ
こうした考えから、三菱地所が今後広げていこうとしているのが、「WELL REST, WELL WORK——よく休み、よく働こう!」という考え方です。
目指しているのは、「とまり木」という施設を増やすことだけではありません。
丸の内エリアの中にある、短時間で休憩・休息できる場所を見つけやすくする。企業や店舗とも連携する。そして、業務時間中に短い休憩を取ること自体を、街の中で当たり前にしていく。
「休みやすさ」を企業単位ではなく、“まち単位”の標準にしていこうという構想です。
——「とまり木」という一つの施設から、かなり構想が広がってきていますね。
三輪さん:そうですね。「とまり木」は一つの場所ですが、最終的には丸の内という街の中で、一人ひとりが自分に合った休み方を選べるようにしたいと思っています。
身体を動かしたい人もいれば、静かな場所で少し休みたい人もいる。企業ごとにすべてを用意するのではなく、街にあるさまざまな場所やサービスも活用しながら、働く人が自分に合ったリカバリー方法を選べるようにしていきたいですね。
街の中にある「休める場所」を可視化する
その取り組みの一つとして、20206年9月から配布しているのが、丸の内エリアでの「休み方」を発信するタブロイド紙です。
タブロイドでは、街の中にある休憩・休息につながる場所や、働く人が自分に合った休み方を考えるための情報などを紹介しています。
誌面では、「7つの休養タイプ」をもとにした診断や、大丸有エリアの飲食店、屋外空間、フィットネス施設などを「リカバリースポット」として紹介するMAPなどが掲載されています。
「とまり木」という一つの施設だけではなく、街にすでにあるさまざまな場所を「休む」という視点から捉え直し、働く人が自分に合った休み方を見つけられるようにする。タブロイドも、そんな「WELL REST, WELL WORK」の考え方を街へ広げていくための取り組みの一つです。


——「休む場所をつくる」だけでなく、「どう休むか」を街の中に広げていくんですね。
三輪さん:そうですね。仕事中に少し休むことに対して、まだ抵抗感を持つ方もいると思います。
だから、場所を用意するだけではなく、「こういう休み方もあるんだ」と知ってもらったり、「ちょっと休んできます」と言いやすくしたりすることも必要だと思っています。
今後はタブロイドによる情報発信に加え、席を離れる際に使える「ぷち休憩中」の意思表示カードなども活用しながら、テナント企業や店舗とも一緒に、業務時間中に短く休むことを当たり前にする文化づくりに取り組んでいます。
顧客に使ってもらったからこそ、事業の次が見えてきた
前回の取材時、「とまり木」は「企業ごとに休養室を持つのではなく、シェアできないか」という発想から生まれた、実証実験中の新規事業でした。
そこから実際に企業に導入され、9,000人を超える利用が積み重なったことで、当初の仮説だけでは見えなかったものが明らかになってきました。
当初想定していた以上に、50人未満の企業にもニーズがあったこと。 「とまり木」を訪れる理由は体調不良時の休養だけではなく、「日々の疲労」や「気分のリセット」「睡眠不足」といった日常的なものだったこと。そして、休める場所を用意するだけでなく、仕事中に休むことを受け入れる環境や文化も必要だったこと。
こうした利用者や企業との接点から得た発見が、2号店のサービス設計へ、さらに「WELL REST, WELL WORK」という街全体の構想へとつながっています。
新規事業は、最初に立てた仮説をそのまま実現していくものとは限りません。実際に顧客に使ってもらい、そこから得られた声やデータをもとに仮説を更新し、次の事業へ反映していく。
実証から事業化、そして2号店へと進んだ「とまり木」。その先に見えてきたのは、「休養室」という一つの施設を超えて、働く人の休み方そのものを街の中にデザインしていく構想でした。
「とまり木」の現在地は、顧客との接点から事業を育て、その先に新たな構想を描いていくプロセスを見せてくれる事例でもあります。